SSブログ

あなたのとりこ 708 [あなたのとりこ 24 創作]

 まあ、そう云う人間関係にとことん付き合うと云う手もあるのでありましょうが、そちらに掛かり切りとなると一方のもっと大切な人である夕美さんとの仲が、今より一層希薄になりはしないかと云う危惧があるのでありました。これは頑治さんとしたら間尺に合わないところでありますし、贈答社を辞める事を丁度良い契機として、この辺りで夕美さんとの関係の再構築の方に専心したいと云う志望が胸の内に濃く在るのでありました。でありますからここは一番、多少の好奇心の疼きをさて置く決心と相なったのであります。

 片久那制作部長の電話を切ったあとで、立て続けに珍しく甲斐計子女史から電話が入るのでありました。甲斐計子女史から電話を貰うのは多分初めての事でありましょう。この電話に関しても、頑治さんはかけてきた人の目星が全くつかなかったのでありました。
「夜遅い時間にご免ね」
 甲斐計子女史は先ずそう謝るのでありました。
「いやまあ、未だそんなに遅くもないですから」
「少し時間、大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
 頑治さんは甲斐計子女史に矢張り迷惑だったのだと思われないように、努めて快活に返事するのでありました。本当に、別に迷惑でもなかったのでありますから。
「袁満君の事なんだけど、・・・」
 甲斐計子女史は云いにくそうに切り出すのでありました。「実は二三日前に、会社帰りに袁満君から、少しの時間一緒にコーヒーでも飲まないかって誘われたのよ」
「ふうん、そうですか」
 頑治さんはどことなく無関心そうにさらっと返すのでありました。しかし実は、ほう、袁満さんときたら早速甲斐計子女史にアタックしたのかと、指を鳴らしたいような心境でありました。袁満さんもここはなかなか本気のようであります。
「別に断る理由も無いから、御茶ノ水駅の近くの喫茶店に二人で入ったのよ」
「まあ甲斐さんは袁満さんと昼休みなんかによく二人で、食事の後に、午後の始業時間迄会社の近くの喫茶店なんかでお茶していましたからねえ」
「日比さんから誘われたら、すぐさまピシャリと断ったんだけどね」
 そう云えば甲斐計子女史は前に日比課長に会社帰りに待ち伏せされて、しつこく食事とかお茶とか、場合によっては酒なんかに誘われていたようでありました。女史の言に依れば、何だか日比課長の目が妙にいやらしそうで気持ち悪くて、悉くそれは断り続けていたようでありましたが、しかし付き纏いがあんまり執拗なので、一度頑治さんは女史に神保町の駅まで一緒に付いてきてくれないかと頼まれた事もあったのでありましたか。
「で、袁満さんと喫茶店に行って、どうしたのですか?」
「こういう場合の何時ものように、どうと云う事もない話題で暫く喋っていたんだけど、何だか袁満君の様子が、何時もと違って妙にそわそわしているのよ」
 袁満さんの如何にも固くなっていたその時の様子が目に浮かぶようであります。
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。