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あなたのとりこ 686 [あなたのとりこ 23 創作]

「それどころか寧ろ、この二十日で辞める俺達四人には、社長の言を信じるとするなら、一応退職金が出るようだけど、愈々となって日比課長と甲斐さんが辞める、と云うか、辞めさせられる時には、それも出るかどうか判りませんよね」
「そうだね。出ない公算の方が大きいんじゃないかな」
 袁満さんは大きく頷くのでありました。「そう云う意味では、俺達四人はここで賢明な判断をした、と云う事が出来るのかな」
「まあ、残る二人に退職金が出るのか出ないのか、未だ判りませんけどね」
「でも組合もなくなるし、二人の退職時の立場としては、今より悪くなるのは確実だな。それも日比さんと甲斐さんの選択だから、総ての結果の責任は二人にあるけどね」
 袁満さんは突き放すような云い草をするのでありました。

 退職もすぐそこ迄迫った或る日曜日の午後に、頑治さんのアパートを那間裕子女史が訪うのでありました。これは予め約束をしていたのではなかったので、頑治さんはアパートのドアを開ける事に少し躊躇いを感じるのでありました。
 以前真夜中に、那間裕子女史は突然何の前触れもなく、泥酔状態で頑治さんのアパートに来た事があったのでありました。その時は殆ど意識のない那間裕子女史を、持て余しながらも何とか苦労してアパートに上げたのでありました。しかしながら上げたは良いものの、それからどうして良いのか判らなかったので、急いで均目さんに救援を求めたのでありました。幸い均目さんはご苦労にも頑治さんの家まで遣って来て、那間裕子女史を引き取って帰って行ったので、何やら面倒臭い事にはならずに済んだのでありました。
 今次は真夜中と云う訳ではなく午後の六時を回ったころでありましたし、女史は意識を失くすほどに泥酔しいる訳ではないようでありました。
「電話もしないで急に来て悪かったかしら?」
 那間裕子女史は珍しく殊勝な顔をするのでありました。
「いや、別にそんな事はないですけど」
 頑治さんは如何にも歓迎すると云った風でもなく、かと云って大いに迷惑だと云う風でもなく、まあ、無表情でそう返すのでありました。
「この前みたいに酔ってはいないわよ」
 那間裕子女史は少しはにかむように、且つしおらしそうに云うのでありました。
「そうみたいですね」
 頑治さんは苦笑いをして見せるのでありました。「でも、ほんのちょっとだけど、アルコールの匂いがしない事もありませんけど」
「あら、バレたかしら、矢張り」
 那間裕子女史は面目なさそうに旋毛を見せるのでありましたが、そんなにあたふたする風でもなく、ま、上目遣いして笑っているのでありました。
「まあ、別に法律にふれている訳でもないから良いですけど」
「ちゃんと御茶ノ水駅の自動販売機で、唐目君の分も買って来たわよ」
(続)
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