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あなたのとりこ 684 [あなたのとりこ 23 創作]

「実際どんな醜い争いをするのか、ちょっと覗いてみたい気がしないでもない」
 袁満さんは人の悪そうな笑みを浮かべるのでありました。
「そこには関心ないですね、俺は」
「そんなものを見ると目が穢れるか」
 袁満さんはそう云って哄笑するのでありました。
 まあ、頑治さんとしても無関心だと云ってはみたけれど、実は社長と土師尾常務との間で執り行われるのであろう暗闘に対して、多少の興味がありはするのでありました。これは行儀の悪い覗き願望であり、慎に悪趣味だとも云えるでありましょうか。

 倉庫の整理整頓と掃除と、自分の次に倉庫業務に当たる人がまごつかないで済むような気遣い等で、頑治さんとしては意外に早く退職迄の日時が過ぎて行くのでありました。まあ恐らく業務の人員を新たに雇う気は社長にも土師尾常務にもないでありましょうから、そうなると恐らく日比課長が専ら業務仕事を熟す事になるのでありましょう。でありますから頑治さんは一応、日比課長が困らないように気遣いするのでありました。
 しかし日比課長の方はこれから後の会社の存続やら自分の遣るべき仕事の方が気になっていて、倉庫業務の方は上の空と云った按配でありましたか。だから頑治さんは機会がある毎にあれこれ仕事の要領とかを伝授しようとするのでありましたが、日比課長の方としては、それは逆に煩わしいお節介と云う事だったかも知れないのでありました。
 袁満さんももうこの先出張営業と云う仕事は会社からすっかりなくなるのでありましたから、全国にあるこれ迄のお得意さんに業務終了の挨拶とお礼の電話、と云うのが主な仕事なのでありました。入社以来の付き合いがあった地方の旅館とかお土産屋に惜しまれたり、素っ気なく応対されたりする中で色々思うところもあるでありましょう。嫌々さ加減九分に多少は旅行のワクワク気分一分も確かにあったこれ迄の仕事に区切りを付けると云うのは、嬉しさ八分に寂しさ二分程度は、まあ、感慨深いものがあるでありましょう。
 均目さんと那間裕子女史の場合は、これはもう制作部廃止でありますから、綺麗に会社から痕跡を失くすと云う作業になるのでありました。要するに頑治さんの整理整頓よりはもっと乱暴に、悉くを破棄するなんと云う仕事であります。
 とは云っても、まあ、版権の管理上、印刷所に預け放しにしていた製版用のフイルムの回収やらその整理、自社出版の地図類や様々な本類のフイルムの整理等、なかなかに気を遣う仕事もありはするのでありました。特に印刷所等に預け放しにしていたフイルムなんかは、所在が判らなくなっていたりするものもあって、大いに手古摺る仕事のようでありました。この辺を好い加減にしておくと後で土師尾常務辺りに、ここぞとばかり因縁や文句を並べ立てられそうでありますから、ここは大いに気を遣うところでありますか。
 この間土師尾常務は実に珍しく、朝、得意先に直行すると云う何時もの不埒な行状は極力控えて、誰よりも早く会社に出て来るのでありました。これは彼の人がこれ迄の己が不埒なる行いを反省して実直なる人間に立ち返ったと云う訳では更々なく、社長に叱咤された故の渋々の行儀改めであるのは全く以って明々白々なのでありました。
(続)
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