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あなたのとりこ 597 [あなたのとりこ 20 創作]

「専門の人、と云うのはどう云う人の事かな?」
 社長は少しの警戒心を見せるのでありました。
「お察しのお通り組合の上部団体である全総連の、経理の専門家ですよ」
「労働組合にそんな専門家がいるのかね?」
「そりゃいますよ、勿論。これ迄に色んな企業であった経営側の色んな悪巧みをあれこれ熟知していて、その対抗策をサポートしてくれたり、態と判りにくく書かれた会計資料なんかをちゃんと読み解くのを専門にする、全総連専従の職員ですよ」
 均目さんのその説明を聞いて社長は既にもう自分の邪な謀を暴かれて仕舞ったような、慎に嫌そうな表情をするのでありました。
「あくまで社内会議の体裁なんだから、社外の人が参加するのはどうかと思うけど」
「だって社長の方も、ウチの社の人ではない会計事務所の会計士さんを呼んで説明して貰おうと云うんですから、その論法は通用しませんよ」
 均目さんはそんな云い草は端から相手にしない、と云うような、社長に対するものとしては慎に不謹慎な不敵な笑みを浮かべてゆっくり首を横に振るのでありました。
「いやそれは、私や土師尾君が説明するより信憑性が増すだろうとの配慮から、敢えてそうしようかと提案した迄だよ、つまり。ま、私や土師尾君は君達にあんまり信用がなさそうだからね。勿論会計士さんの説明は必要がないなら、それでも別に構わないし」
 社長はそう云って皮肉な笑いを頬に刻むのでありました。
「じゃあ、その社長の押す会計事務所の会計士さんの説明の時に、こちらが押す全総連の人も同席する、と云うのはどうですか? その方が手っ取り早いと思いますけど」
「いや、外部の組合の人が来るのなら、会計士さんの説明の話しは無しだね」
 社長は自分の方から云い出した提案をつれなく取り下げるのでありました。
「その会計士さんでは組合運動の手練れに、太刀打ち出来そうにないからかしら」
 那間裕子女史がここで挑発的なちょっかいを出してくるのでありました。
「部外者の会計士さんを団体交渉みたいなものに、態々同席させる必要はないと云っているんだよ。会計士さんにしたって迷惑千万な事だろうし」
「でも組合の団体交渉ではなく、あくまでも全体会議の体裁だし」
 袁満さんも那間裕子女史に次いで参戦するのでありました。
「労働組合の人が同席するなら、それはもう全体会議じゃない」
「あくまでもオブザーバー参加ですよ、その会計士さんにしても同様でしょう?」
「外部の労働組合の人が参加すれば、それはもう全体会議とは云えない」
「だからあたしは、社内の全体会議と云う形じゃなくて、労働組合事案として団体交渉と云う形式の方がベターだと云っていたのよ」
 那間裕子女史がそう云って、社長の口車に乗ってこの会議を全体会議と云う形にミスリードした犯人たる均目さんをジロと睨むのでありました。均目さんはその那間裕子女史の視線に気付いたのか気付いていないのか、女史の方に目を向ける事はなく、腕組みして如何にも難しそうな顔をして口を尖らせているのでありました。
(続)
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