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あなたのとりこ 431 [あなたのとりこ 15 創作]

「じゃあ、そう云う事にしようか。何だか夕美に悪いような気がして仕方がないけど」
「ううん、そんなに気にしないで。大体あたしは頑ちゃんと何処かに出掛けるよりも、二人きりでお家でウダウダしている方が好きなんだもの」
 夕美さんがニコニコと笑って頑治さんの腕に取り縋って、その腕にしなだれかかって顔を寄せるのでありました。そう云う夕美さんの望みにしても申し訳無いながら叶えてやれない模様でありますが、夕美さんの方はあくまでしおらしいのでありました。

 新宿駅東口を出て歌舞伎町のだらだら坂を抜け、靖国通り沿いに暫く歩くと目指す喫茶店が見えるのでありました。同じ名前の店が紀伊国屋書店の裏の辺にも在るのでありましたが、頑治さんはそちらの方は入った事がないのでありました。
 頑治さんは一時に十分程遅れてその喫茶店に到着したのでありました。なかなか広い地下フロアながら、すぐに那間裕子女史と均目さんが並んで座って、対面の席に袁満さんと出雲さんが座っている六人掛けの奥まった所にあるボックス席を見付ける事が出来るのでありました。未だ甲斐計子女史の姿は見えないようでありました。
「遅れてすみません」
 頑治さんはそう云いながら那間裕子女史の隣に腰掛けるのでありました。
「何だか、彼女さんとよろしくやっている最中に急に呼び出して悪かったわね」
 那間裕子女史が別に頭も下げずにそう云った後、頑治さんを見つめながら、謝罪三分にからかい七分の笑みを口の端に笑いを浮かべるのでありました。
「いや別にそう云うのではありませんから」
 頑治さんは努めて無表情を装って、言葉の抑揚を抑えて返すのでありました。しかし、そう云うのではない、とは云ったものの、実はそういうのであった訳でありますから、何とはなしに那間裕子女史に対して嘘をついているようで、ほんの少々ながら心苦しさを覚えるのは一体どういう頑治さんの心根の内でありましょうか。
 そこへ丁度ウェイトレスが注文を訊きに来たものだから、頑治さんはフレンチローストのコーヒーを注文してから座の話しに加わるのでありました。
「ええと、どういう話しになっているんでしょうかね」
 頑治さんは対面に座っている袁満さんに訊くのでありました。
「まあ、昨日と同じで、出雲君の辞める意志の固さを確認したと云ったところかな」
「ところで片久那制作部長に紹介して貰った静岡の広告代理店の方の話しは、どうなっているんだろう? そっちに関してはあんまり進展具合なんかも聴かないけど」
 均目さんが出雲さんに訊ねるのでありました。
「ああ、それは片久那制作部長の紹介と云う事もあって、なかなか親身に話を聞いてくれたし、こちらから地図帖とかカレンダー類とか、それに販促品に使えそうな商品を何点か渡しているんですけど、未だ具体的に何か注文を貰ったと云う事はないですかね」
「今のところ先方の注文待ち、と云う事かな?」
「まあそうですね、引き合いの電話は時々掛かって来ますけど」
(続)
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