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あなたのとりこ 429 [あなたのとりこ 15 創作]

「何よ、誤魔化す心算?」
「そう云う訳じゃないですが、兎に角、先ず要件の方をお願い出来ますかね」
 頑治さんは那間裕子女史の機嫌を損ねない程度を計量しながら、やや無愛想な調子で先の話しを要求するのでありました。
「出雲君と連絡が付いて、これから逢う事になったのよ」
 那間裕子女史は電話の先の、頑治さんの上擦っているに違いない表情辺りに大いなる興味は引かれるけれども、そうまで触れられたくないと云うのなら一先ずそれに関しては無関心を装ってやる、と云った風の何だかちょっと恩着せがましい語調で云うのでありました。まあ、頑治さんにはそうに聞こえたと云う事でありましたけれど。
「出雲さんと逢って決意の程を確かめる、と云うことですかね?」
「均目君も一緒にね。それに袁満君も来ると云うの」
 と云う事はお前も来いと云う事かと頑治さんは眉根を寄せるのでありました。
「袁満さんは昨日もう出雲君と池袋で俺と一緒に面会して、その辺は充分出雲さんと言葉を交わしたと云うのに、また今日も逢うのですかね」
 これは頑治さんの遠回しながら、自分は行かなくても構わないのではないかと云う一種の願望でありました。しかし一方で、それでも袁満さんの方は行くと表明しているのならば、袁満さんに倣って頑治さんも出て来て然るべきだと云う状況を、目論見とは逆に自ら作り出しているのかも知れない、とも云えるのではないでありましょうか。
「袁満君は出雲君に会社を辞めて貰いたくないから、チャンスがあれば何度でも逢って、出来れば説得を試みたいと云う気持ちなんじゃないの」
 頑治さんは出雲さんに対するそんな袁満さんのような真摯さやら愛情やらしおらしさは無いのかと、この言に依って暗に仄めかされているような気がするのでありました。頑治さんとしては正直な話し、それよりは夕美さんと過ごす時間の方を優先させたいのでありましたが、それは諸事情に依り欠席理由としてなかなか云い出し辛いのでありました。
「甲斐さんも少し遅れるけど来る、と云っているわ。まあ、急な話しだから唐目君にも都合もあるだろうし、是非来いとはこちらとしても云い辛いけどね」
「甲斐さんも来るんですか。・・・」
 頑治さんは窮するのでありました。「ええと、何時に、何処で逢うんですかね?」
 すこし沈黙してから、心中の苦渋を隠すような、その隠しているところをちょい出しして見せるような慎に潔くない口調で頑治さんは訊くのでありました。
「一時に、新宿の靖国通り沿いにあるDUGって云う大きなジャス喫茶の地下で、と云う事にしているのよ。そこは唐目君も確か知っていたわよね」
 那間裕子女史はこうして時間と場所を訊いてくるところを見ると、頑治さんがつまり来る了見になったのだと勝手に臆断したようでありました。
「行くとしても、ちょっと遅れるかも知れませんよ」
 嗚呼、慎に不本意ながら竟にこう云って仕舞った、と頑治さんは言葉を口から放り出した端から自責するのでありました。
(続)
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