SSブログ

あなたのとりこ 427 [あなたのとりこ 15 創作]

 頑治さんは場の雰囲気を変えるために伸びをして見せてから、勢いを付けて上体を起こすのでありました。釣られて夕美さんも、こちらは少し大儀そうに布団の上に横座りに座るのでありました。昨夜寝酒で飲んだワインが未だ少し頭に残っているせいか、夕美さんは人差し指で蟀谷を押しながら眉根を寄せるのでありましたが、久しぶりの逢瀬であるからか、こういう仕草も頑治さんには如何にも可憐に見えて仕舞うのでありました。
 先ず頑治さんが顔を洗って着替えをして、その後に夕美さんが続くのでありました。何かと色々洗顔一つにも手間をかける女性であるためか、それとも蟀谷の痛みがやや強いのが主因であるのか、夕美さんは頑治さんの約二倍の時間を使って洗顔と着替えを済ませるのでありました。顔を洗った夕美さんは少しサッパリしたようでありました。
「もうこの時間になると朝食のタイミングは逸して仕舞ったし、昼食には未だ随分早いから、早まらないでもう少し布団の中でグダグダして、それからのんびり起き出して、そろそろあちこちの店が開く頃に街中に朝飯兼昼飯を食いに出ても良かったかな」
 頑治さんが枕元に置いていた目覚まし時計を取ってテーブル代わりの炬燵の上にそれを置きながら云うのでありました。
「何だったら冷蔵庫の中にある物で、チョロチョロってあたしが朝食を作ろうか?」
 夕美さんはそう云ってからキッチンの冷蔵庫迄行って中を覗くのでありました。
「使えそうな物は何にも無いだろう?」
「そうね、料理の材料にする程の物は殆ど無いようね」
「買い置きのパンももう無いと思うし、米も確か切らしていたんじゃないかな」
「ああそう。じゃあ作るにしても買い物に行かないといけないわね」
「買い物で外に出るのなら、その儘外食で済ませた方が手間は無い」
「それじゃあ、十時を過ぎた頃に外に出でようか。その頃には食事する店も買い物する店もぼちぼち開いているんじゃないかしら」
 夕美さんは置き時計を覗くのでありました。
「まあ買い物も良いけど、何処かで食事した後は新宿にでも出て映画を観るとか、上野か浅草で寄席見物をするとか、まあそう云った、お出かけ、はしないのかな、今日は?」
「お出かけ、も良いけど、それよりこの部屋に閉じ籠って、まったり二人だけで一日中無為に過ごすのも良いんじゃない? その方が何となく気楽だしウキウキもするし」
「勿論俺に異存は無いけど、夕美が退屈しないかなと思ってさ」
 頑治さんは夕美さんの退屈の心配も然りながら、また会社の誰かから電話がかかってきそうな予感がして、それを大いに懸念してもいるのでもありました。だから留守にして置く方が安全かと考えたのであります。しかし夕美さんが、まったり二人だけでこの部屋に閉じ籠って過ごす方が良いのであって、敢えて外出するには及ばないのではないかと云うのなら、そっちの方が断然優先と云うものであります。若しひょっとして電話の呼び出し音が無粋に鳴り響いても、先程の失敗を省みて無視すれば良いのであります。
「退屈はしないわ。じゃあ、十時過ぎに取り敢えず近所で何か食べて、それからゆっくり今日の夕食と、明日の朝食だか昼食だかの買い物をすると云う事で良いんじゃない」
(続)
nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。