SSブログ

あなたのとりこ 426 [あなたのとりこ 15 創作]

「まあ筋として、連休明けに土師尾常務に辞表を出す前に、組合に対して一応の説明、と云うのか話し合いを出雲さんに求める、と云う事で良いんじゃないですかね」
「出雲君の会社を辞める意志が固いと云うのなら、それでも構わないけど。・・・」
「何だったらそのように、俺から出雲さんに電話をしておきますよ」
「判ったわ。でも出雲君の声も聴きたいから、あたしの方から電話をしてみるわ」
「ああそうですか。誰が電話しようとそれは別にどうでも良いと思いますから、若しお手数でなかったら那間さんから電話をして貰っても構いませんよ」
「出雲君に電話をして、その結果も皆にあたしから電話するわ」
「ああそうですか。それならそう云う事でお願いします。まあ、その結果お知らせの電話を頂くのは、連休最終日でも構わないですけれどね」
 頑治さんは言外に、今日はもう、折角の自分のプライベートな時間を電話で潰してくれるなと云う意を込めてそう云うのでありましたが、その気持ちがどこ迄伝わったかは全く以って不確定でありましたか。那間裕子女史は結構度胸もあって人に対して押しと気は強い方ではありながら、なかなか人の機嫌や醸し出す気配に対する感受性も鋭い方で、相手の微妙な言葉の云い回しの裏にある機微みたいなものを見抜くのに敏い方ではありますから、ま、ちゃんと気分は伝わっている可能性もない事もないか、でありましょうか。
 それにまあ、那間裕子女史としては一応組合のナンバーツーと云う立場から、出雲さんとその他の皆への連絡の労を自ら買って出たのでありましょう。あれでなかなか、一面律義で義理堅いところも有している人でありますから。
 こんな具合で頑治さんは那間裕子女史の電話をようやく切るのでありました。やれやれやっと、一連の電話攻勢はこれで片付いたかと頑治さんは電話機を眺めながら思うのでありました。これでもう、誰からも電話が掛からない事を祈るばかりであります。

 頑治さんが寝転んだ儘如何にも億劫そうに受話器を架台に戻すのを、この間終始無言でしおらしくしていた夕美さんが間近でじっと見ているのでありました。
「誰からの電話だったの?」
 頑治さんの電話の相手がその漏れ聞こえてくる声から察して女性だったからか、夕美さんの声音には少し警戒の色が浮いているように感じられるのでありました。
「会社の人だよ。組合の書記長をやっている人。組合員が会社を辞めると云うんで心配して、俺が昨日池袋で逢ったからその首尾を聞こうと思って電話をしてきたんだろうよ」
「ふうん。で、経緯を説明するために今日その人と逢う、と云う事になったの?」
「いや、逢わないよ。総ては連休が明けてからだな。でもまあひょっとして、今日じゃないにしても、この連休中にもう一度連絡電話は掛かってくるかも知れないけどね」
 夕美さんは横で電話を聞いていたのでありますから、どんな方向で話しが決着したかは自然に察する事が出来たでありましょう。しかし敢えて態々逢う事になったのかそうでないのかを頑治さんに聞き質すその了見は、相手が女性だったためでありましょうか。
「さあて、もう朝寝と云う気分じゃないから起きようかな」
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。