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あなたのとりこ 425 [あなたのとりこ 15 創作]

 均目さんと頑治さんの電話をすぐ横で聞いていてもいたし、その後の均目さんが話す内容の要領の掴めなさに苛々してか、それとも単に自分の耳で頑治さんの証言を確認のため再度聞こうとしてか、均目さんが置いた受話器を今度は自分が取って、こうして頑治さんに手ずから電話をしてきたと云う事かも知れません。となると二人は朝っぱらから一緒に居ると云う事になりますが、朝寝坊の那間裕子女史がこんな早くに均目さんの家を訪う事はないと見做すのが自然と云うもので、となると昨夜からそこに居たのでありましょう。まあこれはあくまで頑治さんの勘と云う域を今のところは出ないのではありますけが。
「池袋のその喫茶店で、三人で一体どんな話しをしたの?」
「まあ要するに、出雲君が会社を辞めるその意が固いと云う辺りに尽きますよ。俺もその後でちょっと用事があったものだから、一時間も話しは出来ませんでしたし、じっくり出雲さんの意中を質すとか、出雲さんの決心を覆させる目があるとすればどの辺りか、なんて事は微に入って話す事は出来ませんでした。でも、固そうは固そうでしたね」
「何だか組合にとってあんまり好い方向に事が推移していないって感じよね。でもそれはあたし達に決定的な非があるとか、事態の巡り合せとかよりは、土師尾さんの愚かさや無神経とか、先見性の無さとかの盆暗役員加減のせいと云う事になるけどね」
「それはまあ、概ね同意します」
 頑治さんは頷くのでありました。
「連休明け迄、何もしないで手を拱いていて良いのかしら、あたし達。この儘すんなり出雲君に辞表を提出させて、それで良いのかしら。その前に皆で集まって、この前の全体会議を踏まえて、何らかの話しをしなくて良いのかしら。・・・」
「いやあ、それはどうでしょうか」
 頑治さんは、今度は頷かないのでありました。と云うのも、それは出雲さんのためを思ってではなく、夕美さんと自分のためを思って、でありました。この上に尚も夕美さんとの久々の逢瀬を誰にも邪魔されたくはないという秘かな自分都合のためであります。
「出雲君に翻意させないと、組合の存続に関わるんじゃないかしら」
「つまり出雲さんが抜けると組合員は五人になって、三人の経営側に対して五対三では六対三の時より存在感が減じる、と云う意味で、ですかね?」
 これは、そんな危惧はあんまり意味が無いだろうと云う頑治さんの否定的考えを言外に滲ませての言葉でありましたが、そのような語調だったと云うよりは、素直な質問口調の体裁に過ぎていて、否定的な辺りは那間裕子女史に伝わらないかも知れないと云う反省と少しの後悔を、科白を全部云い切った後に頑治さんは抱くのでありました。何より、今日にでも緊急集合の提案がなされないかと云う警戒心は慎に以って大でありますから。
「まあそう云われると五対三と云うのは、そんなに危機的な感じじゃなさそうだけど」
「そうですよ。甲斐さんが未だ居なくて四対三なら、ちょっと微妙な数字ですけど」
「でもそう云うところだけじゃなくて、出雲君には、まあ、会社を辞めないと云う方向に立って、色々話しを聞いてみたい気もあるんだけどね」
 那間裕子女史は当然ながら頑治さんの意をちっとも介してくれないのでありました。
(続)
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