SSブログ

あなたのとりこ 422 [あなたのとりこ 15 創作]

「強い意志、ねえ。・・・」
 頑治さんはまた右前方斜め上に視線を向けるのでありました。「意志の具合に関して云えばそんなに強くはないかな。あくまでも夕美への配慮が一番だよ」
「ふうん、そう」
 夕美さんはこれもまたさっきと同じ返答をして、頑治さんから目を逸らして、もう大分柔らかくなって仕舞ったレモンシャーベットにスプーンを刺すのでありました。
 頑治さんの今夏の帰省の話しではあるけれど、夕美さんとしては頑治さんの言葉の中から、故郷に帰る、と云う営為の一時的か永続的に限らない、指向そのものの強弱を読み解こうとしているのかなと思うのでありました。夕美さんは心の底では、頑治さんに今夏に限らず、ずうっと故郷に帰って来て貰いたいのでありましょう。何となくそこいら辺を、頑治さんの今夏の帰郷の件に言寄せて探っているような気がするのであります。
 そうなれば頑治さんとしては、今夏は成り行きから帰るけれど、それとは別に東京での生活を引き払って故郷に引っこむと云う指向は、今のところ持ち合わせてはいないのでありました。しかし敢えてその事をきっぱりここで宣明するのは憚るのでありました。何より久し振りに逢った夕美さんをがっかりさせるかもしれないと思ったが故に。
「頑ちゃん、レモンシャーベットはあんまり好きじゃない?」
 スプーンの動きが止まった頑治さんを見て夕美さんが小首を傾げるのでありました。
「ああいや、そんな事もないけど」
 頑治さんはスプーンの動きを再開させるのでありました。
「若し好きじゃないのなら、あたしが貰おうと思ってさ」
「ああ、そう云う事なら、あげるよ」
 頑治さんはスプーンを置いて、食い掛けではあるけれど自分のレモンシャーベットの器を夕美さんの方にそろりと押し遣るのでありました。

 明くる日早々に均目さんから電話が入るのでありました。
 休日の朝でありますから頑治さんは朝寝を決め込んでいたのでありましたが、電話の呼び出し音に夢と現の境目で朦朧とした意識が、一気に現の側に手繰り寄せられるのでありました。頑治さんは億劫ながら仕方なく横に寝ている夕美さんを起こさないように気遣いながら上体を起こすと、腕を伸ばしてそそくさと受話器を握るのでありました。
 何となく嫌な予感が頭の隅に兆して、少しの警戒心から受話器を握る手に妙な力が籠るのでありました。しかしうっかり架台から受話器をもう既に外して仕舞った限りは、嫌でもそれを耳に押し当てるしかないのでありました。
「未だ寝ていたのなら申し訳ないなあ?」
 受話器を耳に運んでいる時に何故かちらと予想した通り均目さんの声でありました。
「ああいや、別に大丈夫だけど」
 頑治さんはそう応えるのでありましたが、口と咽喉が渇いているものだから言葉が掠れるのでありました。これは如何にも寝起き然とした発声でありますか。
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。