SSブログ

あなたのとりこ 382 [あなたのとりこ 13 創作]

「誰がそんな事を云いました!」
 那間裕子女史の方もなかなかの反応であります。
「だってそう云う事じゃないか!」
「あくまでも実のある話しをしてくれるのなら傾聴はしますよ。でも些末な事の揚げ足取りばかりして、結局実が無いのを誤魔化しているようにしか見えないもの」
「未だこちらが何も喋ってもいないのに、実が無いなんてどうして判るんだ!」
「それじゃあ、聞きましょうか」
 那間裕子女史は口元に挑発的な微笑を浮かべるのでありました。「さあ、その実のある話とやらをさっさと喋ってくださいよ」
「何だその云い草は!」
「何だ、じゃないわよ!」
 こうなっては収拾も何も付かないと云うものであります。土師尾常務と那間裕子女史の剣幕に怖れをなして他の誰もが口を開かないのでありました。袁満さんはあらぬ方向に目を遣ってあからさまにオロオロと狼狽の身じろぎを見せるし、社長も均目さんも取り成しの言葉を挟むタイミングも掴めないで目を瞬かせながら茫然と、対峙する二人の顔に視線を、目が合ったらすぐに逸らす備えをしながら投げているのでありました。
「そう云えば前に何かの折に片久那制作部長が、大学時代の友人で静岡の新聞社に勤めていた人が今度独立して、広告代理店の会社を始めた、なんて云っていましたかねえ」
 緊張に今にも破裂しそうな場の空気にまるで馴染まないのんびりした声色で、頑治さんがゆっくりと話し始めるのでありました。頑治さんの喋り方の穏やかさも然る事ながら、この会議に欠席している片久那制作部長の名前が唐突にここに出てきたものだから、皆の注意が一気に頑治さんの口元に集中するのでありました。片久那、なる姓をここで出す事の効果を、頑治さんとしては勿論充分に予め計量しているのではありました。
 その名前に限りなく気後れを感じている土師尾常務の俄かにたじろぐ表情が、頑治さんの横目にチラと映るのでありました。那間裕子女史の狼狽も確認出来るのでありました。頑治さんは二人の嵩じた気持ちの萎縮を認めてから徐に後を続けるのでありました。
「その友人と片久那制作部長は長い間の昵懇の間柄だそうで、何時か出雲さんをその人に紹介しても良いと云うような話しをされていましたよ」
 ここで頑治さんは出雲さんの方に目線を固定するのでありました。「そう云う具体的で有力な伝を取り掛かりとして営業活動をする方が、取り敢えず現地に行って限られた時間の内に手当たり次第にそれらしい会社を訪問して回る、と云った茫漠とした営業の仕方よりは、様々な点で効率が良いし商売の目算も立つのではないでしょうかね。まあ、業務担当の僕が身の程知らずに口出しするべき事では無いかも知れませんけど」
「ほう、そう云う話しがあるのかね?」
 社長が先ず興味を示すのでありました。
「それは正に好都合と云うものだ。願っても無い魅力的な話しじゃないかな」
 日比課長がここで空かさず賛同して見せるのでありました。
(続)
nice!(8)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。