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あなたのとりこ 354 [あなたのとりこ 12 創作]

「出雲さんはのんびりした性格みたいに見えるけど、なかなか律義で細やかな心遣いの人だから、此の儘だと完全に参ってしまうんじゃないかな」
 頑治さんはそう云ってからワンタンを割り箸で摘み上げて、それがぬるりと箸の間から滑り落ちる前に急いで口に運ぶのでありました。
「完全に参る前に、出雲君は妙に諦めが早いところがあるから、これ以上この仕事は続けられないと思ったら、色々悩む前にあっさり会社を辞めて仕舞うかも知れない」
 均目さんは鶉の茹で卵を口の中に放り込むのでありました。
「組合でフォローした方が良いんじゃないの」
 確かにその恐れありと思ったから、頑治さんはそう提案してみるのでありました。
「これは労働組合と云うもので取り上げるべき事柄なのかなあ」
「そうは云うけど、結局は我々従業員の働かされ方に関わる問題だから、一種の労働条件の問題だと捉える事も出来るんじゃないのかな。それに出雲さんに直接業務上の命令を下す上司としての土師尾常務の了見とか見識の問題でもあって、それが従業員への精神的肉体的重圧になっているのなら、組合の出る余地は充分あると思うけどなあ」
 結局、労働組合で取り上げるべき問題なのかどうか迷っている内に、出雲さんの危機は取り返しがつかないくらいに増大して仕舞う危険がるとすれば、これはもう、抑々の辺りでウジウジと戸惑っている場合ではないと頑治さんは考えるのでありました。
「でも何となく労働組合的懸案として、これはしっくりこないように俺は感じるなあ」
 均目さんは及び腰をなかなか崩さないのでありました。
「そんな事云って結局動き出せないよりも、先ずは果敢に動かないと、せっかく創った労働組合の頼り甲斐に関わるんじゃないかな」
「まあ、それはそうかも知れないけど」
「均目君自ら、此の儘だと出雲さんは会社を辞めて仕舞うかも知れないとさっき云ったんだから、無関係だと徒に手をこまねいているのは、如何にも無責任だと思うよ」
 頑治さんにそう云われて均目さんはやや苦りながらも少し考える風の顔をするのでありました。当然その間、均目さんの麺を啜る手が暫し静止するのでありました。
「じゃあ、具体的にどうすれば良いと唐目君は思うの?」
「先ずは組合員全員が集まって、出雲さんから、まあ、想像するだけで惨憺たるものと窺えるけど、現状の仕事の様子と、それをする出雲さんの気持ちを聞く事が先決だろうね。それから組合としてどういう風な援助が出来そうか、全員で考えて見る」
 今度は喋り始めた頑治さんの手の動きが止まるのでありました。「勿論組合としての何かしらのアクションを起こす事を前提としてね。俺達で手に余れば、全総連の横瀬さんとか小規模単組連合の来見尾さんの意見も聞いてみるのも手だよね」
「でも横瀬さんは全総連の専従職員でどこかの会社に勤めている訳じゃないんだから、個々の会社の具体的な社内問題の解決策は持ち合わせていないんじゃないかな」
「そこはそうだとしても、それよりも先ず、出雲さんの問題を組合で共有すると云う態度を明示するだけでも、出雲さんは少しは救われたような気持ちになるんじゃないかな」
(続)
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