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あなたのとりこ 334 [あなたのとりこ 12 創作]

 他の組合員にしても、社長の奢りで一献受けたあの宴会の時に持った、案外穏和で社員の事を慮ってくれている人だと云う印象もきっぱりと裏切られたような具合で、愛想の一つもおべんちゃらの一言も表す配慮は喪失しているのでありました。社長の方は自業自得の結果だとは露とも思わず、折角奮発して大いに飲ませてやったと云うのに、恩義も礼儀も弁えない、しおらしさの欠片すら無い社員共だと云う風に思ったかも知れません。
 まあそれでも組合を憚っているような素振りは、社長の挙措から幾らかは見て取れるのでありました。しかしこれは組合を疎かにすれば片久那制作部長からお小言を頂戴する事になるのを憚っている、と云う畏れに違いないのでありました。別に組合等はどうでも良いけれど、片久那制作部長の機嫌を損ねるのが何にも況して恐ろしいと云う社長の忌憚でありますか。それでもこれに依って社長の横暴を結果として牽制出来ているのは、組合にとっては有難い事でありました。虎の威を借りている辺りは少し不甲斐無いとしても。

 新しい賃金体系になって初めての支給を控えた数日前、思わぬ人事が発表されるのでありました。前口上として、社長も出席しての社員会議を開くので終業三十分前に応接スペースに集合せよと、土師尾営業部長から昼一番に全社員に申し渡されるでありました。
 ここでまたうんざりするような社長の悪あがきがその口から飛び出すのではないかと、組合員一同は一応身構えるのでありました。社長は組合への意趣返しを何時か必ず実行してやろうと目論んでいるのだろうと、均目さんは舌打ちして見せるのでありました。
 この社員会議で社長から報告されたのは、土師尾営業部長と片久那制作部長はこの四月から従業員を一応退職して、役員になると云う事でありました。土師尾家業部長が常務取締役、片久那制作部長が取締役制作部長と云う肩書きのようであります。ここでも土師尾営業部長が片久那制作部長よりも名目では上の扱いとなるようでありました。
 これは片久那制作部長が土師尾営業部長に対して遠慮があるとか遜っているとか、或いは会社運営や管理能力が自分よりも優っていると思っている訳では断じてなく、実質の権限を握るために土師尾営業部長を名目的に上の地位に持ってきて、ある意味でその自由を制限して、その陰で自分が実権を振るうと云う目論見でありましょう。こう云う思惑は、これ迄と何も変わってはいない片久那制作部長の算段と云うところでありますか。
 多くの組織では大体に於いて、ナンバーワンよりナンバーツーの方が何かと遣り手で凄みがあって、大向うには畏れられる存在でありますか。一般的な組合における委員長と書記長の関係とかもそんな感じでありますかな。ま、贈答社の場合は袁満さんと那間裕子女史の関係も、少しはそんな風情もありそうに見えない事も無くはないのでありますが、しかし那間裕子女史には然程の権力志向も支配欲も無さそうではありますし、第一遅刻の常習犯と云う評判は、皆の畏怖を集めるにはなかなか迫力不足でありましょうかな。
 とまれ、土師尾営業部長と片久那制作部長の二人が役員になると云う事は、贈答社に於ける従業員の賃金体系の外に出る、と云う事になる訳であります。要するに、賃金体系に捉われないで、そう云うものとは全く別の役員報酬と云う枠にそそくさと移動して、自分達の取り分を自分達の納得出来る額で確保しようとする工面でありましょうか。
(続)
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