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あなたのとりこ 325 [あなたのとりこ 11 創作]

「確かに甲斐さんのキャラクターと労働組合には、全く接点が見付けられないように思うけど、それでも一応、全くけんもほろろの返事が返ってくるとしても、組合加入を誘ってみる必要はあるかな。今この席で日比課長に、まあ断られたけどオルグを掛けたんだから、甲斐さんにも声を掛けないと何だか釣り合いが取れないように思えるからなあ」
 均目さんが何だか変な均衡意識を持ち出して甲斐計子女史をオルグする理由とするのでありました。「甲斐さんのオルグは、委員長である袁満さんにお願いしますよ」
「え、俺が声を掛けるの?」
 袁満さんが持っていた徳利を机上に置いて自分を指差すのでありました。
「まあ、甲斐さんと一番親しく口を利けるのは袁満君だものね、この中では」
 那間裕子女史が均目さんの提案に賛同するのでありました。
「じゃあ、判りましたよ。俺の方から一応声は掛けてみますけどね」
 袁満さんはあんまり期待しないでくれと云うような気後れの返事を以って請け負うのでありました。存外あっさり請け負ったのは、日頃から偶に冗談なんかも交わしている甲斐計子女史にオルグを仕掛ける事を、そんなに苦にしていないためでありましょうかな。

   止まぬ激震

 三月末の春闘の妥結から新年度初めの四月一日迄の一週間程が、前年暮れの一時金の件から続いた社内のゴタゴタの中で、ほんの暫し訪れた麗らかな日和のような時間でありましたか。しかし全総連小規模単組連合加盟の他の分会に於いては、未だ期日ギリギリ迄の賃金闘争が続いている組合もあって、贈答社の五人は闘争中の単組の社前集会やら街区デモなんかに、内心の終息感を脇に置いて駆り出されたりするのでありました。
 それでも自分のところは既に、概ね満足出来る妥結に至っていると云う気楽さが気持ちの底にあるものだから、五人の風情にはどこか緊張感が欠けているのは仕方の無い事でありました。まあ、他社の事はあくまで他社の事でしかないのでありましたし。
 大体がそれ程に労働運動に熱心、と云う連中ではないのでありまして、この間何やかやと大いに世話になったと云う浮世の義理から、仕方なく全総連の動員に嫌な顔を隠して付き合っている、と云った無精な気分が五人の共通の本心でありましたか。ま、頑治さんにはこういうデモや集会が物珍しくて些か興味津々なところもありはしましたか。
 集会ではハンドマイクを使って自分達の切羽詰まった窮状や自社経営陣の悪辣非道振りが縷々、声高に叫ばれるのでありました。しかし結局その窮状も生きるに困る程の悲惨さは無いから、些か迫真力に欠けるような気が頑治さんはするのでありました。経営陣の悪辣非道振りも、もっと落ち着いてクールに観察すれば、そんなに口汚く罵る程の非道と云うものでは無いようにも思われるのでありました。詰まり悪辣なるべき経営者の紋切り型のイメージを想起させるための、大袈裟な誇張と演出と云う事なのでありますか。
 ハンドマイクを持つ人の演出力と演技力の勝負と云う事であります。要はプレゼンテーション能力とかの、云わばセールスのような腕前が必要のようでありますか。
(続)
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