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あなたのとりこ 317 [あなたのとりこ 11 創作]

 那間裕子女史は不承々々ながらも頷くのでありました。
「じゃあ、日取りとか決めちゃっていいかな、俺の方で」
「出来たら水曜日辺りが都合が良いわね」
 那間裕子女史が希望を出すのでありました。
「これ迄の経緯から、水曜日の夜だったら大方大丈夫そうかな?」
 袁満さんがこう確認するのは、これ迄ずっと組合結成の準備会議を水曜日に開催していたから、その流れで水曜日なら全員私用が無いと踏んだ故でありましたか。「じゃあ社長の方に今度か次の水曜日ならって申し出ておくよ」
 こういう訳で、社長と社員一同の宴会が催される次第と相なるのでありました。

 宴会は社長の馴染みの、地下鉄九段下駅に近い蕎麦屋の二階の一角を借り切って、次の週の水曜日の夜に挙行されるのでありました。因みに費用は社長のポケットマネーで支払われるのでありましたが、袁満さんに依ればあのケチな社長にしたら大層な奮発だと云う事でありました。社長も自分から云い出した手前、費用の出し惜しみは出来ないでありましょうし、あんまりちんけな酒席では沽券に関わるでありましょうから。
 土師尾営業部長はその日私用があると云う事で出席しないのでありました。甲斐計子女史も来ないのでありました。片久那制作部長と日比課長は来るのでありましたが、片久那制作部長は自分が場に居ない方が、あれこれ社長と他の社員が話し易いだろうと云う配慮からか、三十分くらい蕎麦屋の二階で一緒に飲んでから、その後馴染みにしている神田駅近くの居酒屋で一人ゆっくり飲みたいからと早々に退席するのでありました。
 社長と杯を遣り取りすると云っても、従業員は今迄滅多に一緒の卓を囲む機会が無かったものだから、何となく言葉の交換がぎごちなくて、四方山話しに花が咲くと云う訳にはなかなかいかないのでありました。一人日比課長だけが、前には社長とごく偶に飲む事もあったようで、他の従業員よりは随分と屈託なく話しをしているのでありましたし、社長と他の従業員との間を取り持つような役割りも熟してくれるのでありました。
「ほう、那間君はケニア旅行に行く計画があるのかね?」
 何かの折にそう云う話しになって、社長は卓の向い側に座っている那間裕子女史に徳利を差し出しながら言葉を向けるのでありました。
「ええまあ。何時になるかはまだ判りませんけど」
 那間裕子女史は猪口を押し戴くような格好で社長の酌を受けるのでありました。
「僕は毎年正月に、五日間のパック旅行だけど女房とハワイに行くのが恒例行事だよ」
「ああそうですか」
 那間裕子女史は愛想笑いながら社長から徳利を受け取って、社長が取り上げた猪口に酌を返すのでありました。那間裕子女史はあんまりハワイ旅行とかグアム旅行とかに興味が無い、と云うよりはそう云うパックの海外有名観光地旅行を軽蔑している節があるので、それ以上社長との会話を敢えて続ける気は無いようでありました。
「那間君は何回か海外旅行の経験はあるのかね?」
(続)
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