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あなたのとりこ 246 [あなたのとりこ 9 創作]

「技術的にはそうかも知れないけど、それにしたって面白くないだろうよ」
「良いじゃないですか。ざまあ見ろ、ですよ」
 袁満さんが嘲りの言葉を以て話しに加わるのでありました。
「確かに袁満君の留飲は下がるとしても、それじゃあとても飲めないと云うんで俺達と両尾部長の間に険悪な対立が生じるだろうな」
 山尾主任はそう反論するのでありましたが、これは片久那制作部長の腹の内を慮っての事でありましょう。土師尾営業部長の方は憤怒が心頭に発したとしても、高々陰湿で当て付けがましい嫌がらせに出るだけでありましょうし、そうなれば全総連のバックを頼みにその理不尽を根気強く、当人と同じ執拗さでこちらが追及すれば何とかあしらう事は出来そうな気もするのであります。まあ、あれこれあの人と言葉を遣り取りするのはげんなりでありますが、しかし遣り込められない事はないでありましょう。土師尾営業部長てえ人は、根っ子のところで性根の据わった硬骨の仁では全くないでありましょうから。
 しかし片久那制作部長は絶対に侮れないのであります。臍を曲げられたら従業員の誰一人としてその論にも手口にも迫力にも、到底太刀打ちする事は出来ないでありましょう。怒らせた時の恐ろしさは想像するだけで身の縮む思いと云うところでありますか。
 しかししかし、一面で、片久那制作部長は土師尾営業部長と違って理を尊ぶ人でもあります。それに我利に走るのを、或いは我利に走っていると人に思われるのを潔しとしない義侠の心根も持ち合わせていると云う辺りのが、救いと云えば救いでありましょうか。その片久那制作部長の義侠心が、同一年齢同一賃金、とか、働く者の自主権、とかの理に多少でも共鳴すれば、何が何でもの抵抗と報復は無いとも思われるのであります。
 それに片久那制作部長は学生時代に全共闘運動に没頭したと云う事でもありますから、その左翼的心情に於いて、経営側よりは労働者側により強く思いを寄せると云う期待もあるのであります。まあこの了見は楽観中の楽観かも知れませんけれど。
 しかししかししかし、片久那制作部長は自分一人が会社を実質的に動かし支えていると云う強い自負があるだろうから、その思いとの兼ね合いで、如何なる態度に出て来るかは全く以って未知数と云うところでありますか。労働組合結成と云う行為が片久那制作部長のプライドに反旗を翻す行為と見做されない事を祈るのみであります。
「確かに土師尾営業部長の方はどうでも良いけど、片久那制作部長を敵に回すのは何とか避けたいよなあ。後の報復が怖そうだしなあ」
 袁満さんが身を縮める仕草をして見せるのでありました。
「その片久那と云う名前の制作部長は、労働運動とかに多少は理解がある人だと云う風に前に聞いていたけれど?」
 横瀬氏が山尾主任の顔を見ながら云うのでありました。
「昔は全共闘運動の闘士だった訳ですから」
 山尾主任がそうは云うものの、それ以上の事は不祥、と云う曖昧な表情を作って一応肯うのでありました。まあ多分、片久那制作部長が学生時代に全共闘運動の闘士だったと云う情報は、山尾主任が横瀬氏に何かの折に齎したものなのでありましょうけれど。
(続)
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