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あなたのとりこ 241 [あなたのとりこ 9 創作]

 山尾主任は営業部に所属と云う事で営業部フロアの日比課長の隣の、ずっと空いていた席に移ったのでありました。そこは営業部関連の書類やバインダー立て、それに事務書類作成用のワープロ等が載せてあった机でありました。
 その書類とかバインダーとかワープロは甲斐計子女史の向いの、頑治さんの座っていた席に移され、頑治さんは制作部フロアの均目さんが使っていた机を宛てがわれるのでありました。山尾主任が使っていた席には均目さんが移ったのでありました。
 序列的には那間裕子女史が山尾主任の居た席に、均目さんが那間裕子女史の席に順繰りに移るのが順当な移動と云うところでありましょうが、那間裕子女史がこれ迄ずっと整理整頓する事も無く乱雑に、一種手当たり次第と云った按配に押し込んでいた自分の使っていた机の引き出しの中の物を全部出して、新たに山尾主任の席に移動する雑作を拒否したためにそうなったと云う次第でありました。頑治さんがチラと窺った感じでも、確かに手が付けられないと云った那間裕子女史の引き出しの中の在り様でありましたか。
 頑治さんは制作部の仕事も手掛けるようになっていたから、頑治さんの制作部フロアへの移動はあり得る自然な処置でありましょうか。頑治さんとしても土師尾営業部長の顔を間近に見ないで済むのは大歓迎でありましたし、下らない用事を気軽に云い付けられたしする事が無くなるのも大助かりでありました。発送指示書を、頑治さんの制作部の机迄持って来なければならなくなった甲斐計子女史の手間は増えるのでありましたけれど。
 山尾主任はこのところ出社後すぐに日比課長と打ち合わせして、挨拶旁、日比課長に付いて一日中得意先回りをするのが日課なのでありました。制作部の頃から然程人付き合いに熟れていると云う風ではなく、どちらかと云うと人よりモノを相手にコツコツ仕事をする方が性に合っているタイプでありましたから一日中、少しは見知った、或いは全く見知らぬ初対面の誰彼と会話を交わすのは不慣れで気の重い仕事でありましょう。
 その気疲れからか、夕方になってようやく帰社した山尾主任の顔はげんなりしたように見えるのでありました。制作の仕事を熟知している営業マンとして期待していると片久那制作部長に指嗾されて、一大決心をして営業部に移ったと云うけれど、頑治さんには矢張りその仕事は山尾主任には向いていないように思えるのでありました。
 どういう風の吹き回しか、他の営業社員の仕事振りには殆ど何の関心も示さない土師尾営業部長が山尾主任の帰りを待ち構えていて、あれこれとその日逢った人物やら訪問した成果やらを三十分程差しで訊き糺そうとするのも、山尾主任にはかなりの負担のようでありました。ただ論評抜きに報告を受けるだけなら未だしも、山尾主任の先方への名刺の渡し方の迂闊さやら、言葉遣いの不備やら、お辞儀の腰の折り方の角度なんぞ迄何やかやとイチャモンを付けるようなので、それはもう可哀想と云うべきものであります。
 不慣れな者を相手にその不手際を嵩にかかって責め立てて居竦ませて楽しんでいるみたいだと、日比課長も、まあ、土師尾営業部長の居ない場でではありますが吐き捨てるくらいでありました。頑治さんは成程あの土師尾営業部長の遣りそうな事だと思うのでありました。そのくせ当人が片久那制作部長程に人の意を酌む事に長けているとか、表面的な慇懃さだけではない慇懃さを持ち合わせているとは到底思えないのでありますけれど。
(続)
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