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あなたのとりこ 217 [あなたのとりこ 8 創作]

 しかし片久那制作部長の方も、何時も陰鬱な顔をしていて気難し屋で、こちらもかなりの頑固者で、頭の回転が早いから云う事為す事万事が目から鼻に抜けるような人で、そうであるから他人の言動がまどろっこしくて、屡人を置いてきぼりにして自分だけが随分前に突出して仕舞って、それを意にも留めない一種の情義の薄い一面も見られるのでありました。それからこれは美点でもあるのでありましょうが自分に厳しい分人にも厳しくて、それが陰性に発露するから大体に於いて人を軽蔑する傾向が強いようでもありますか。
「ところで居酒屋で、片久那制作部長と山尾さんはどんな話しをしているんだろう」
 均目さんが顎に手を当てて考えを回らすような素振りをするのでありました。
「屹度しめやかな雰囲気で、口数少なくお酒を飲んでいるんでしょうけど、要するに制作部から営業部への配置転換を受け入れるように、あれこれ言葉を並べて片久那さんが山尾さんを説得しているんでしょうね。まあ、説得と云うより一種の強要でしょうけど」
「山尾主任はその説得だか強要だかを受け入れるでしょうかね?」
 頑治さんが猪口をグイと空けてから聞くのでありました。
「結局、渋々でも受け入れるしかないんじゃないかしら。会社に残る心算なら」
「結婚間近なんだから、この今は会社を辞めるタイミングではないだろうなあ」
 均目さんが未だ顎を撫で続けながら云うのでありました。「それから山尾主任一人に限らず、日比課長にしても袁満さんにしても、それから出雲君にしても、営業部はこれから先、仕事内容が今迄とは激変すると云う事になりそうだよなあ」
「そうね。営業部再編と云った感じよねえ」
 那間裕子女史がやや深刻そうな面持ちで頷くのでありました。
「制作の方だって山尾さんが抜ける分、那間さんも俺もその分仕事量は増える」
「そうね。でも片久那さんの話しに依ると、あたしはこれ迄やってきた仕事と同じ内容の仕事が増えるだけみたいだけど、均目君は色々煩わしそうな仕事が増えそうね」
「ああ、管理関係の仕事ね」
 均目さんはげんなりと云った口調で応えるのでありました。「でも、山尾主任のこれ迄やっていた管理方面の仕事だったら、まあ、俺でも熟せるだろうと思うよ」
「でも営業から依頼された制作費の見積もりとか、営業との連携での制作管理もあるとか云っていたでしょう、さっきの話しで片久那さんは」
「そうね。まあ、山尾主任の今までのそっち方面の仕事は、片久那制作部長がすっかり事の全体を掌握していて、その指示の下であれこれ補助的に動くと云った風だったけど、何かさっきの話しでは、片久那制作部長経由ではなく俺がもっと主体的に動くようにと云ったニュアンスだったかなあ。そうなると、ちょっと面倒にはなるかな」
「山尾さんの仕事振りでは全然物足りなかったのよ。だから片久那さんとしてはすっかり安心して全部を任せられなかったのね。均目君にはもっと頼りになる仕事ぶりを期待していると云う事よ。だからまあ、精々頑張ってね、均目君」
 那間裕子女史は冗談めかしてそう突き放して、如何にも無責任そうな笑いを頬に浮かべて均目さんを励ますような、或いは委縮させるような事を宣うのでありました。
(続)
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