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あなたのとりこ 207 [あなたのとりこ 7 創作]

「どうして日比君は何時もそうなの。新しい仕事にもっと意欲的な態度を示しても良いじゃないか。そんな事だから今迄も新規開拓がちっとも出来なかったんだ」
 土師尾営業部長の云い草は、この事だけに限らず、日比課長に対する日頃の苛々が混じっているように聞こえるのでありました。これはなかなか険悪な雰囲気であります。
「やれと云われれば、そりゃあ、やりますけどね」
 日比課長は話しても無駄だと思ったのか、ふてたような投げ遣りな云い方をするのでありました。ただ、日比課長は本気で鞍替えを受け入れる心算でありましょうか。そう云えば最終的には智光秀は謀反に及んだなあと頑治さんは思うのでありました。
「そう云う云い方をされるのは不愉快だな」
 進取の気象も果断な行動力も、思い切りの良さも新しもの好みも、厳切な権威もカリスマ性も信長には遠く及ばない、グッと俗っぽいながら頑迷と虚勢と強欲と執念深さ辺りに限定すれば、多少は似ていなくもない土師尾営業部長が日比課長の言辞にいちゃもんをつけるのでありました。日比課長は如何にも、面倒になっただけで畏れ入った訳ではないと云う辺りを表するべき苦笑いを浮かべて、それ以上言を重ねないのでありました。
「さっきから再三云っているけど、本題以外の余計な話しは後にして、さっさと人事の話しを終えてくれないかな。こっちは未だ仕事が残っているんだから」
 片久那制作部長が少し語気を強めて、日比課長を睨みながら云うのでありました。しかし視線は日比課長に向いてはいるけれど、日比課長一人だけにそう苦言を呈しているのではなく、寧ろ横に座っている土師尾営業部長をより強く意識して発せられた言葉であろうところが充分知れるのは、何も頑治さん一人に限った事ではないでありましょう。
 勿論、土師尾営業部長もそれが判るようで、反射的にほんの少しながら片久那制作部長から身を遠ざけるような仕草をするのでありました。片久那制作部長が僅かばかり表しただけの剣幕にすっかり怯えたようであります。こういう辺りに、性根の全く座っていない臆病な本性が見事に表れて仕舞ったと云うところでありますか。
「若し文句があるのなら、後で営業会議を開くからその場でじっくり日比君の云い分を聞くよ。その代りこっちも遠慮無く云いたい事を云わして貰うからな」
 自分と片久那制作部長の格の差が思わず露呈して仕舞ったのを繕うためか、土師尾営業部長はそんな脅し台詞を吐いて天敵を見るような目で日比課長を睨むのでありました。こんな直情的で子供じみた意趣返しをすぐして仕舞う辺りが、益々この人の株を下げているのになあと頑治さんは軽蔑六分に遣る瀬無さ三分、同情一部で思うのでありました。
「ええと、それから、・・・」
 土師尾営業部長が暫く紙に目を落としてから少し気を取り直したようにそう云いかけたところで、無愛想面で意気消沈の沈黙を保っていた山尾主任の横に、今迄気後れして居心地悪気にソファーに小さくなっていた袁満さんが徐に口を開くのでありました。
「出雲君が抜けるのなら、これ迄出雲君が担当していた地方の出張営業は一体どうする心算なんですかね。俺一人じゃあとても手が回りませんよ」
「だからそれを、これから説明しようとしていたんだよ」
(続)
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