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あなたのとりこ 202 [あなたのとりこ 7 創作]

 土師尾営業部長は慌ててそんなフォローを口に上せるのでありました。
「しかし俄かにオロオロし出しても始まらないじゃないですか」
 山尾主任は土師尾営業部長の片久那制作部長に対する見苦しい程の小心さか、或いはそれ以前に、事をやけに大袈裟に深刻化して、それに依って人を圧倒し委縮させようとする遣り口に反発したのか、呆れたような表情でぞんざいに吐き捨てるのでありました。
「オロオロなんかしていないよ」
 頑治さんが思った通り、土師尾営業部長はすぐに相を険しくして感情的に反応するのでありました。この人を興奮状態にさせるのはいとも簡単なようであります。
「ああそうですか」
 何時もながらに手に負えない、或いはこの儘相手をするのは如何にも億劫だと思ったようで、山尾主任はそう皮肉っぽく云ってその後口を閉ざすのでありました。
「皆、危機意識が薄いんじゃないの」
 山尾主任が舞台袖にすごすごと引っ込んだためか土師尾営業部長は、今度は社員全員に憤怒の唾をぶちまけるのでありました。「会社が今まで経験した事の無いような危機にあると云うのに、全員が全員、どうしてそんなに呑気な事を云っていられるんだろう。到底理解に苦しむよ。そんな事だからマトモな仕事も出来ないんだ」
 全員に話す時でも、丁寧な言葉遣いはもうすっかり止したようであります。「頼んでもきちんと用を果たせない。云われた事を上の空で聞いているから同じ失敗を繰り返す。それでいて反省も無いから同じ不手際をしても少しも懲りない。決まった給料さえ貰えれば会社が今どんな状況に在るかにも無関心だし、会社に貢献しようと云う気も無い。手を抜く事ばかり考えている。お客さんや、目上や役職の上の人に対してちゃんとした言葉遣いも出来ない。全員がそんな調子なら、危機を乗り切る事なんか絶対出来る訳が無いよ」
 これはもう単に、日頃の鬱憤、或いは自分を軽んじているらしき他の社員への恨みつらみを、手当たり次第に投げ散らかしていると云ったところでありましょうか。頑治さんは駄々を捏ねて、掴んだ玩具を無闇に投げ捨てて八つ当たりしている子供を見ているような気がするのでありました。こうなると落ち着くまで相手にしないのが得策であります。
「そんな事はどうでも良いよ、今は」
 ここで片久那制作部長が我慢し切れなくなったのか、荒げた言葉で土師尾営業部長の嘴をグイと掴んでそれ以上開かせないようにするのでありました。土師尾営業部長は嘴を掴まれた儘、気後れした瞳を微動させながら片久那制作部長の顔を見るのでありました。
 一瞬で場が緊張するのでありました。土師尾営業部長の万言よりかは、片久那制作部長の一言の方が遥かに一種の破壊力があると云う事でありますか。
「さっさと本題に入ったらどうだろうな」
 片久那制作部長は土師尾営業部長に穏やかに云うのでありました。これは判らんちんの子供を諭すような云い草に似ているのでありました。
「ええと、本題、と云うと、・・・」
 土師営業部長はオドオドと縋るような目を片久那制作部長に向けるのでありました。
(続)
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