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あなたのとりこ 188 [あなたのとりこ 7 創作]

「これから同じ目的に向かって共に闘おうとしている同士が、今から角突き合わすような関係になるのは幸先が好くないわ。協調性と云うところを均目君はもう少し考えた方が良いと思うわよ。第一、目上の人に対してさっきのもの云いは遠慮が無さ過ぎね」
 那間裕子女史が、重い空気に言葉の接ぎ穂を失ったように誰もが沈黙している中でその打開を図ろうとしてか、そんなご高説をしかつめ顔で垂れるのでありました。日頃の言動に鑑みれば、ここに集う連中の中では協調性の欠如とか無礼と云う点にかけては随一と思われる女史がそう云うのが、頑治さんには何となく微笑ましく映るのでありました。
「何をニヤニヤしているの、唐目君?」
 頑治さんのその様子を横から窺い見て、那間裕子女史は自分の言動に対する頑治さんの不謹慎を詰る口調で問うのでありました。
「ああ、いや、別に」
 頑治さんは急いで誠心誠意の顔を作って那間裕子女史を見返すのでありました。
「あの那間さんが、嫌にしおらしい正論を吐くんで唐目君が思わずニンマリしたんだよ」
 均目さんが冗談口調で、概ね正鵠を穿った解説を入れるのでありました。
「何、それ」
 那間裕子女史は今度は均目さんに険しい目を向けるのでありました。
「いやまあ、那間さんは可愛らしい人だなあと、途中の説明を荒っぽく端折って云えば、つまりそう云う事だよ。なあ、唐目君」
「ええまあ、そんなような、そんなようでないような。・・・」
 頑治さんはまたニンマリ顔で曖昧に返すのでありました。
「何よ、そのはぐらかすような云い草は」
 那間裕子女史は語気を強めるのでありましたが、何だか良く判らないながらも可愛らしいと云われてほんのりと悪い気はしていないような風情ではありましたか。そんな那間裕子女史の心根と同じに、この遣り取りで場の緊張が少し緩むのでありました。
「じゃあ、まあ、最初に採択するべき最小限の事項も採択された事だし、今日の会議はこれでお開きとする事にしますか」
 横瀬氏が折角和んだ空気を壊さないように気を遣ってか、そんな事を緩い口調で提案するのでありました。「後は次回の会議の日程を決めておきましょう。出来るなら十二月と一月は週一回くらいのペースで開くと良いと思います。これから先、やらなければならない事は山程ありますし、春闘の一斉要求提出日まで時間が有るようで無いですからね」
「判りました。じゃあ今度の会議は、週の内水曜日が全員集まり易いようだから、来週の水曜日と云う事で良いかな。それから那間さん、今日の議事録を清書しておいてね」
 山尾主任のその言葉で初回の会議は、まあ恙なく、閉会するのでありました。

 地下鉄丸ノ内線の本郷三丁目駅から、両側に立ち食い蕎麦屋とか結納用品屋とか洋服屋や甘味処、それに喫茶店などが並ぶ細い通路を本郷通りに抜けた辺りにある中華料理屋で、頑治さんは夕美さんと差し向かいで夕食の膳を囲んでいるのでありました。
(続)
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