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あなたのとりこ 187 [あなたのとりこ 7 創作]

 均目さんは派江貫氏の服装への揶揄を交えて、如何にも意地が悪そうに体を斜にして見せるのでありました。意地から、先程黙って引き下がったのはアンタの剣幕にたじろいだからではないと云う意志表明を、ここで敢行しようとしているのでありましょうか
「俺がどんな服装をしようと俺の勝手だ」
 派江貫氏は憮然として均目さんから目を背けるのでありました。
「勿論その通りです。好みは人夫々ですからね。それにそのセンスに対して俺がどんな感想を持とうが、それも俺の勝手に属する事です」
「俺に喧嘩を売っているのか、お前は」
 派江貫氏はまた黒縁眼鏡の分厚いレンズの奥にある目を均目さんの顔に据えるのでありました。小刻みに黒目が動くのは、若し殴り合いにでもなった場合、均目さんが自分の手に余るのか収まるのか、その辺りを値踏みしているためかも知れないし、それとも均目さんのふてた態度に単に怖じた故かは頑治さんにはよく判らないのでありました。
 均目さんの細っこい体と派江貫氏の小柄ながらもそこそこ体重の有りそうな体躯を比べると、些か派江貫氏の方に分がありそうな気もするのであります。しかも派江貫氏の方が向こうっ気の強さでは些か優っているような気配でもありますし。
「まあまあ派江貫さん、あんまり興奮しないで落ち着いて。初会議でもある事だから、ここは一つ穏便に行きましょうよ」
 横瀬氏がまた宥めに掛かるのでありました。
「コイツが俺に対して個人攻撃を仕掛けてきたので、それは許せないからね」
 派江貫氏は均目さんを指差しながら横の横瀬氏に云うのでありました。
「服装の趣味は自由だと云うのは均目さんも認めているようです」
 頑治さんが唐突に云い出すものだから、この会議室に居る全員の視線が頑治さんに集まるのでありました。「それにその服装に対してどんな感想を持とうと、それも確かに人の自由勝手ではあります。しかしどんな感想を持とうと自由でも、その感想を当人を前にして口にするかしないかは、勝手放題と云う訳にはいかないじゃないかな」
 その言葉を収める辺りで頑治さんは横の均目さん方を見るのでありました。察しの良い均目さんは頑治さんの云わんとしている辺りをすぐに了解したらしく、頑治さんに対して恥じるような申し訳無いような笑いを送ってくるのでありました。
「それもその通りだ。確かにさっきの俺の云い草は不謹慎と云われても仕方が無い」
 均目さんは今迄とは打って変わってしおらしい物腰になるのでありました。「俺のさっきの態度はこの場に相応しくないマナー違反でした。謝ります」
 均目さんは派江貫氏にやや深くお辞儀して見せるのでありました。あっさりそう云う風に出られると、派江貫氏としても矛を収めるしかないと云うところでありましょうか。
 均目さんは一瞬で人変わりしたように至極素直なのでありました。均目さんとしても引くに引けない切羽詰まった辺りで、好都合にも頑治さんがそれとなく仲裁の言を吐いてくれたのが大いに有難かったのかも知れません。均目さんは誇り高く意地っ張りで頑固なくせして、案外気の小さい意気地無しのところもあるようでありますから。
(続)
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