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あなたのとりこ 178 [あなたのとりこ 6 創作]

 会議と云うものはとかくこのような形式張った体裁を取るのでありましょうが、考えて見れば奇妙で一種ちゃんちゃら可笑しい律義さに溢れているものなのでありましょう。しかし形式と云うものを無性に有難がる人種も居るようで、山尾主任はどうやらそう云ったタイプの人なのかも知れないと、目の前で現在進行している営為とはさして関係の無い事を頑治さんは考えているのでありました。まあそれは人夫々の勝手でありますが。
 山尾主任は自分の後に那間裕子女史も同じように自己紹介するものと思ったようであありますが、女史は阿保臭いと思ったのかそれとも単に億劫だったのか、机の上に広げたメモ帳に目を落とした儘何も云おうとしないのでありました。然程に長時間ではなくほんの数秒程度ではありますが、待っていても一向に女史が顔を上げそうにないものだから、山尾主任は少し調子が狂ったのを咳払いで修正して話しを続けるのでありました。
「この会議では先ず、全総連小規模単組連合加盟の贈答社分会として労働組合分を結成する事に賛成か反対かの採択から始めようと思いますが、異議は有りませんか?」
 この舌を噛みそうな、全総連小規模単組連合加盟云々、と云う呼称を山尾主任はきっちり覚えてはいないようで、机に置いているカンニングペーパーを見ながら云って、異議は有りませんか、のところで徐に顔を起こすのでありました。
「そのために集まったんだから、今更そんな事、必要?」
 那間裕子女史が多少うんざりしたような表情で山尾主任を見るのでありました。
「会議なんだから面倒でも一つ々々の議案を、順を追って採択していく必要があるだろう。後でそんな事決めていないなんて紛糾するのを避けるためにも」
「ああそう」
 那間裕子女史は無感動に云ってメモ帳の方に目線を落とすのでありました。女史も頑治さん同様、この手の形式にげんなりしているようであります。
「異議はありませんか?」
 山尾主任はもう一度繰り返すのでありました。
「異議は無いわよ」
 那間裕子女史が先ず云うのでありました。それに続いて夫々が、異議無しの声を戸惑い気味に上げるのでありました。最後に頑治さんが小声で締め括るのでありました。
「異議無し、と認めます。では次に組合の目的と今後の闘争方針の裁決に移ります」
 山尾主任はまた机上のカンニングペーパーに目を落とすのでありました。どうやらこの議事進行は予め横瀬氏と打ち合わせしていたようで、日頃の山尾主任の口からは到底聞けないような俄仕込みの会議用語や組合用語が跳び出すのでありました。
「闘争方針、ねえ」
 均目さんが興醒め顔で山尾主任の言葉を繰り返すのでありました。「そんなの我々の中で今迄話し合った事も無いのに、ここで急に採択とか出来るのですかねえ」
 均目さんは山尾主任を見据えるのでありました。多分、打ち合わせしたようにポンポンと用語を繰り出して会議をリードしようとする山尾主任の、と云うよりは横瀬氏の魂胆を警戒して、それにおいそれとは乗らないために茶々を入れたようでありました。
(続)
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