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あなたのとりこ 177 [あなたのとりこ 6 創作]

「さて、今云いましたようにこちらの組合は小規模単組連合の贈答社分会として活動していただく事になりますが、分会の第一回会議を始めるに当たり先ず議長と書記を選出して貰いたい訳ですが、何方か自分がやると云う立候補はありますか?」
 横瀬氏が左右に居並ぶ社員連中を見渡すのでありました。「特に立候補が無いようですから、ここは僭越かもしれませんが私の方から提案させていただきますが、山尾さんに議長を、那間さんに書記をお願いしたいと考えますが、如何でしょうか?」
 社員連中は無言で顔を見合わせるのでありました。雑談が俄かに会議の様相を帯び始めるのでありました。いきなりのそんな空気の変化にたじろいで、今の提案に賛成も反対もすぐには表明出来ないと云う戸惑いが皆の顔に浮き出るのでありましたか。
「まあ、年季とか歳の上下から、妥当かな」
 袁満さんが遠慮がちにそう呟くのでありました。
「そんな、急に書記をやれって云われても、・・・」
 那間裕子女史が及び腰を見せるのでありましたが、山尾主任は落ち着いているのでありました。屹度この会議が始まる前に横瀬氏から段取りを聞かされていて、既に自分が議長に就く事を承知していたのであろうと頑治さんは推察するのでありました。
「まあ、この会議の議事録の作成のためですから、仕事としては適時メモを取っていただければそれで良いのですよ。後で清書して貰う事にはなりますが」
「別に大それた事をお願いされている訳でもないから、気楽に引き受けてよ」
 山尾主任が無表情の嫌に平静な物腰で促すのでありました。そんな初段の手続き事を決める辺りで時間を浪費するのは無意味だから、さっさと首を縦に振れと云う一種の圧力と云うのか、逸り、みたいなものがその平静さの中に仄見えるのでありました。
「判ったわ。じゃああたしがこの会議の書記をやるわ」
 那間裕子女史は不承々々ながらも頷いて、膝上に置いていた白い麻布製のバッグから文庫本サイズのノートと銀色のシャープペンシルを取り出すのでありました。
「じゃあ、山尾さんが議長、那間さんが書記と云う事で決まりですね?」
 横瀬氏が確認のためにまた皆を見渡すのでありました。
「異議無し」
 と、これは派江貫氏が発した言葉でありました。組合の会議に於いては、こう云う場合は空かさずそう発語する事が仕来たりなのでありましょうし、それを会議初体験の贈答社の社員連中に暗黙に教えるためにも派江貫氏は声を出したのでありましょう。しかし初心な社員連中にしたら、それに続いて発声する事を尻込みして、戸惑い顔と落ち着かない素振りを見せるだけで口を開く事はとうとう出来ないでいるのでありました。
「特に反対意見は無いようですから、これは承認されたものと見做します」
 横瀬氏が断じるのでありました。「では山尾さん、後はよろしくお願いします」
「判りました。ええと、一応全会一致で今議長に選ばれた山尾登です」
 山尾主任は口調を改めて横瀬氏のように社員連中を見渡すのでありました。貴方が山尾登と云う名前の人である事は疾うに知っている、と頑治さんは思うのでありました。
(続)
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