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あなたのとりこ 160 [あなたのとりこ 6 創作]

「ハワイで山登りと云うのもちょっとピンとこないから、矢張り結婚式は軽井沢かな」
「ハワイで結婚式を挙げて、その後日本に帰ってから山登りに行けば良いんで、それは別にどっちだって構わないんじゃないの」
「ハワイじゃないとしても、何処か外国の山と云う手もある訳で」
 頑治さんが一応愛想から話しに参加するのでありました。
「それはそうだわね。でもエベレストに登るとか云う事はないでしょうね。山尾さんもそこまで本格的な山登りの人じゃなさそうだし」
 那間裕子女史はジントニックを一口飲んでから気分を改めるような口振りでその後を続けるのでありました。「もう、山尾さんの話しはここまで。あたしにとって山尾さんが結婚しようとどこに新婚旅行に行こうと、そんなに興味ある事柄でもないし」
 那間裕子女史は慎につれない云い方で話しを打ち切ろうとするのでありました。
 この後は、山尾主任と同様に袁満さんが諸事あんまり頼りにならない事、日比課長の那間裕子女史を見る目がいやらしい色を帯びていて気持ちが悪いと云う事、那間裕子女史だけではなく経理の甲斐計子女史に対してもそのような目を屡向ける時がある事。それから土師尾営業部長が如何にも小者で、片久那制作部長が居なければ今の地位に就く事等はあり得なかったと云う事、片久那制作部長が社長と折り合いが悪いらしく事あるにつけ対立していると云う事等々、那間裕子女史の話しは社内の人物評に移るのでありました。
 頑治さんとしては今後の人間関係に於いて多少参考になるかも知れないと半ば考えながら、その話しに相槌を打ったり首を傾げたりしているのでありました。話が佳境に入ると那間裕子女史の頑治さんの太腿に載せている手も、そこを打ったり撫でたりするのでありましたが、これは頑治さんとしたら何となく居心地のよろしくない感触でありました。
 十一時を回った辺りで均目さんがそろそろのお開きを提案するのでありました。那間裕子女史は未だ飲み足りないらしく、均目さんと頑治さんを自分のアパートに来るよう誘うのでありました。そこで腰を据えて飲み直そうと云う寸法であります。
「三人分の布団は無いけど、勿論泊まっていっても構わないわよ」
 那間裕子女史の誘いはなかなか強引でありましたが、均目さんは前にも時々そう云う場合があったらしく意外にあっさりとその誘いに乗るのでありました。しかし頑治さんはそれ程親密とは云えない女性のアパートの部屋に、幾ら均目さんと一緒だとしても気軽に宿泊するのは大いに抵抗があるのでありました。当然ながら夕美さんの存在が頭の中で明滅していて、頑治さんを及び腰にさせたのはここで云う迄も無い事でありました。
「いや、俺は自分の家に帰りますよ」
 頑治さんは店を出た路上で那間裕子女史のしつこい勧誘を、両掌を前に突き出して何とかかんとか謝絶するのでありました。
「結構堅物みたいね、唐目君は」
 那間裕子女史はそう怒ったように云ってようやく諦めてくれるのでありました。その間均目さんはニヤニヤしながら手持無沙汰そうに二人の遣り取りを傍観しているのでありました。寒いから早く那間裕子女史のアパートに向かいたいようであります。
(続)
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