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あなたのとりこ 158 [あなたのとりこ 6 創作]

「そんな感情的で単純な反応をするかしら、片久那さんが」
 那間裕子女史は首を傾げて頑治さんの方にゆっくり顔を向けるのでありました。頑治さんの太腿の上に載っている女史の手が一つ、拍子を打つように軽く弾むのは頑治さんに何か意見を云えと促すためのようでありますか。
「こう云うのは何だけど俺は制作部の人間じゃないから、制作部の雰囲気が悪くなろうとどうなろうとあんまり関係無いけど、でも片久那制作部長は大人の趣があるから、確かに不愉快を露骨にするような真似は取り敢えず控えるような気もするなあ」
 頑治さんが、那間裕子女史の手の拍子打ちに早速反応した故と云う訳ではないのでありましたが、そんな言葉を口角に上せるのでありました。
「そうね、元々が陰気な観察者のタイプだしね、片久那さんは」
 この那間裕子女史の言葉てえものは、頑治さんの言に頷く心算なのかそれとも無関係に発せられたものなのかどうか、頑治さんにはよく判らないのでありました。
「でも、苛々していたり機嫌が悪い時は結構露骨にそう云う態度や言葉遣いをするぜ」
 均目さんが反論するのでありました。「俺は片久那制作部長に大人の趣なんかちっとも感じないよ。ぐっと感情を押し殺して平静を装う、とか云った様子なんか、これ迄も殆ど見た事が無いね。結構表に出すよ、自分の気分や好き嫌いを」
「そうねえ。まあ、そう云うところも確かにあるわね」
 ここで那間裕子女史は均目さんの方にも同調の態度を見せるのでありました。しかし頑治さんの太腿の上の手はそこから動かないのでありました。
「それにあの人が不機嫌になると、その不機嫌には結構迫力みたいなものがあって、こっちとしては反発したり興醒めしたりと云うよりは、ちょっとビビッて仕舞うんだよな。こっちに関係無い事で不機嫌であっても、どうしたものかオドオドして仕舞う」
 均目さんはそう云いながら苦笑って見せるのでありましたが、その苦笑なんてえものは如何にも小心な自分に対する嘲りのようでありましたか。
「だから、片久那さんの機嫌を損ねるような真似はしたくない、と云う訳ね均目君は」
 那間裕子女史は、頑治さんの太腿の上に置いた手ではない方の手でテーブルの上の自分のグラスを取って、そんな皮肉を交えたような交えないような言葉をものしながらジントニックをグイと一口飲むのでありました。
「暮れのボーナスの確保より片久那制作部長の機嫌を損ねない方が大事なのかって、次にそう俺を問い詰めたいんだろうな、那間さんは」
 均目さんは再び苦笑を浮かべて先回りするのでありました。
「普段は多分そう訊くんだけど、でも止すわ。何かそんな事をグダグダ議論し続けるような気分じゃないからね、今は」
 那間裕子女史は未だ手に持った儘にしていたグラスをもう一口煽るのでありました。それから空にしたグラスを差し上げて、近くにいるウエイターにお代わりを注文するのでありました。その折、頑治さんの太腿の上に載せていた手の指が動いて、そこを判るか判らないか程度の力で掴んだような気がしたのは頑治さんの思い過ごしでありましょうや。
(続)
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