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あなたのとりこ 147 [あなたのとりこ 5 創作]

「どうしても唐目君に手伝って貰わなければならない仕事だったの?」
 土師尾営業部長が片久那制作部長に訊くのでありました。片久那制作部長は特に何も説明せず、煩そうに一つ頷いて見せるのでありました。そのつれない仕草を不愉快に感じたらしく土師尾営業部長は少しの怒りを宿した目で、そっぽを向いている片久那制作部長を睨むのでありました。自分が完全にないがしろにされたと感じたのでありましょう。
 しかし若し目と目を見交わしていたらそんな眼容は屹度しなかったでありましょう。或いは片久那制作部長が顔を不意に向けたなら、この人は慌ててその目の険を払って、どぎまぎと目を逸らしてたじろいだに違いないと頑治さんは思うのでありました。
「判りました。そう云う事なら」
 土師尾営業部長は自分の沈黙を不自然に思って片久那制作部長が目を向けるほんの少し前のタイミングで、不機嫌そうに引き結んでいた唇を開いて丁寧な言葉を使って納得の意を表するのでありました。片久那制作部長の顔の向きはその儘でありました。
 この土師尾営業部長と云う人は実は全然納得していないけれど一応この場は納得した事にして置く、と云った具合の、面白くない気分を表明する場合に言葉の尻を丁寧にする癖があると頑治さんは前から見做していたのでありました。依って頑治さんが制作部の仕事を自分の許可無く、片久那制作部長の越権行為に従って手伝った事に大いに不興を感じたのでありましょうが、しかし片久那制作部長の差配には逆らえないのでありました。
 それに何より、午前中からずっと社には居なかったのでありますから、形式的にもその許可を取るにも取れない訳であります。それを不興がるのは子供の無い物強請りと同じでありますか。不興を表明したいけれど、しかしうっかりそんな恥ずかしい姿は体裁と自尊心に掛けて見せられないと云う気持ちのざわつきが、つまりこの語尾の丁寧さとして表わされたのでありましょう。まあ、片久那制作部長の方はそんな土師尾営業部長の心中の波立ち等には全く無関心と云った風情で、頑治さんの方に言葉を向けるのでありました、
「また何かあったら制作の仕事を手伝って貰うから、よろしくな」
「判りました。じゃあ、今日はこれで上がらせて頂きます」
 頑治さんは片久那制作部長に一礼して那間裕子女史の席から立つのでありました。

 頑治さんは倉庫に戻るのでありました。頑治さんが制作部の仕事を手伝っている間、出雲さんが代わりに業務仕事をしてくれていたのでありました。
「ああ、後は俺がやりますよ」
 頑治さんは未だ作業台で荷物を梱包している出雲さんに声を掛けるのでありました。
「いや、もうこの一個で終わりですから」
 出雲さんは自分で梱包作業を続けるのでありました。
「済みませんねえ、出張前の忙しい時に」
「いいえ、出張の用意は然程の事は無いし、業務の仕事も今日は安藤坂物産からキーホルダーを引き取って来るのと、この五個口の荷物の発送だけだったから」
 出雲さんはそう云っている間に梱包を終えるのでありました。
(続)
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