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あなたのとりこ 145 [あなたのとりこ 5 創作]

「うん、まあ」
 頑治さんは今の電話で訊き洩らしが無かったか確かめるために、コピーに目を凝らしながら応えるのでありました。訊き洩らしがあってまた今の男に電話をするのは億劫でありましたし、そんな間抜けな電話をすぐに掛け直すのは如何にも癪でありますし。
「あの鉄道会社は、問い合わせの電話をした時は何時も扱いがぞんざいだからなあ」
「そうだね。確かに最初はけんもほろろと云った具合だったかな」
 どうやら訊き洩らしは無さそうで、頑治さんは安堵するのでありました。
「誰彼に限らず何時も無愛想で意地悪よね、あそこは」
 またライトテーブルの那間裕子女史が後ろから声を掛けてくるのでありました。「よくあんな調子で広報課の仕事が務まると思うわよ」
「系列のバス会社なんか、もっと対応が酷い」
 均目さんも那間裕子女史の方に顔を向けるのでありました。
「屹度あの電鉄グループの社風よ、あの不親切で人を見下したような対応は」
「しかし大手の名前の通った出版社や新聞社とか通信社、或いはテレビ局、それにこれも大手の旅行代理店なんかの問い合わせには、言葉遣いも態度も至極丁寧だそうだよ、結構大きな旅行代理店に入った大学時代の知り合いに聞いたところに依ると。まあ、そう云うところとは日常的に仕事の繋がりが濃いためかも知れないけど」
「でもどう云った気紛れからか、結果的にはちゃんと教えてくれたよ」
 頑治さんはコピーに目を戻して次の電話に取り掛かろうとするのでありました。
「聞いていたらそんな感じだったわね。あそこの広報課にあんな風にちゃんとした対応をさせると云うのは、電話に関しては大した腕前かもよ、唐目君は」
 那間裕子女史が頑治さんの後頭部に向かって褒めるのでありました。それには特に応えずに頑治さんは次の電話のために受話器を外すのでありました。
「あたし等よりも唐目君の方が、実は制作の仕事に向いているのかも知れないわね」
 那間裕子女史は未だそんな事を云っているのでありました。それに反応して均目さんが那間裕子女史の方に振り返ったところで片久那制作部長が口を開くのでありました。
「好い加減、唐目君の邪魔をしていないで、二人共自分の仕事に専念しろ。今やっている仕事はそんな悠長に構えていられる仕事じゃないだろう」
 そんな風に何となく冷たくて厳とした語調で窘められて、均目さんと那間裕子女史はたじろいで一旦片久那制作部長の方に顔を向けて口を噤むのでありました。それからお互いの顔を見交わしてから、均目さんの方はすごすごと首を元に戻すのでありましたし、那間裕子女史は窘められた事が気に食わないと云った風に鼻に皺を寄せて見せてから、ライトテーブル上の製版用のフィルムの方に目を戻すのでありました。

 結局夕方五時迄に頑治さんは鉄道会社六社に電話をするのでありました。それで均目さんがやり残していた粗方の私鉄各線の駅間所要時間は埋まるのでありました。後は都営地下鉄や都電荒川線、それにJR各線が残るのでありました。
(続)
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