あなたのとりこ 131 [あなたのとりこ 5 創作]
頑治さんも那間裕子女史のもう一方の脇から遠慮気味に腕を差し入れて助けるのでありました。遠慮気味なのは均目さんにとってこれは余計なお節介にならないかと云う点を危惧したためでありますが、均目さんは特に拘らないような素振りでありました。
ジャズ酒場を出ると靖国通りまで、那間裕子女史を両脇から二人で支えながら歩くのでありました。那間裕子女史は足を縺れさせながらも、一応は両足を互い違いに出して歩行するのでありました。ただ、すぐに座り込みそうになるのでその都度しっかり立たせようと支えると、女史の腕の柔らかさが頑治さんの掌の中に膨よかに圧し掛かるのでありました。それは如何にも柔脆で、何やら媚びて来るようにも思える感触でありました。
均目さんが靖国通りの歩道で片手を挙げると、緑色の車体をしたタクシーが道傍に寄って来て、ゆるりと停車してからすぐに後部のドアを開くのでありました。先ず那間裕子女史を車内に押し込めてそれから均目さんが乗り込むのでありました。
「後は大丈夫だから」
均目さんがドアが閉まる前に頑治さんに云うのでありました。
「じゃあ、よろしくね」
頑治さんもそう返してドア傍から少し離れるのでありました。
タクシーは那間裕子女史と均目さんを乗せて頑治さんの横から車線の方に離れるのでありました。頑治さんは青梅街道方向に走り去るタクシーを見送ってから腕時計に目を遣るのでありました。少し急がないと新宿駅を発車する中央線東京行きの最終電車に間に合わないかも知れません。頑治さんは駅の方に向かって未だ多くの人が行き交う、様々なネオンサインに明るく彩られた道を急ぎ足に登っていくのでありました。
業績不振
昼休みにそれとなく、主立った従業員に集合が掛かるのでありました。下の倉庫内に集まったのは昨日居酒屋に参集した連中でありました。
「片久那制作部長に確認したら、ボーナスを出さないと云う話しは確かにあるようだ」
山尾主任が作業台を囲んだ面子に向かって切り出すのでありました。「何でも社長と土師尾営業部長はすっかりその目論見で、片久那制作部長が少し抵抗しているらしい」
「抵抗していると云うのは、ボーナスを支給する方向で二人に反対しているって事?」
那間裕子女史が小首を傾げて念のために確認をするのでありました。
「そう云う事みたいだね」
山尾主任が伏し目をして重々し気に頷くのでありました。
「じゃあ、未だ出る可能性も充分あるって事かな」
袁満さんが少し口元を綻ばすのでありました。
「それはそうだけど、でも若しボーナスを支給する事になったとしても、去年の暮れと同じくらいの額とはいかないだろうな」
山尾さんは陰鬱そうな顔で袁満さんの楽観をつれなく窘めるのでありました。
(続)
ジャズ酒場を出ると靖国通りまで、那間裕子女史を両脇から二人で支えながら歩くのでありました。那間裕子女史は足を縺れさせながらも、一応は両足を互い違いに出して歩行するのでありました。ただ、すぐに座り込みそうになるのでその都度しっかり立たせようと支えると、女史の腕の柔らかさが頑治さんの掌の中に膨よかに圧し掛かるのでありました。それは如何にも柔脆で、何やら媚びて来るようにも思える感触でありました。
均目さんが靖国通りの歩道で片手を挙げると、緑色の車体をしたタクシーが道傍に寄って来て、ゆるりと停車してからすぐに後部のドアを開くのでありました。先ず那間裕子女史を車内に押し込めてそれから均目さんが乗り込むのでありました。
「後は大丈夫だから」
均目さんがドアが閉まる前に頑治さんに云うのでありました。
「じゃあ、よろしくね」
頑治さんもそう返してドア傍から少し離れるのでありました。
タクシーは那間裕子女史と均目さんを乗せて頑治さんの横から車線の方に離れるのでありました。頑治さんは青梅街道方向に走り去るタクシーを見送ってから腕時計に目を遣るのでありました。少し急がないと新宿駅を発車する中央線東京行きの最終電車に間に合わないかも知れません。頑治さんは駅の方に向かって未だ多くの人が行き交う、様々なネオンサインに明るく彩られた道を急ぎ足に登っていくのでありました。
業績不振
昼休みにそれとなく、主立った従業員に集合が掛かるのでありました。下の倉庫内に集まったのは昨日居酒屋に参集した連中でありました。
「片久那制作部長に確認したら、ボーナスを出さないと云う話しは確かにあるようだ」
山尾主任が作業台を囲んだ面子に向かって切り出すのでありました。「何でも社長と土師尾営業部長はすっかりその目論見で、片久那制作部長が少し抵抗しているらしい」
「抵抗していると云うのは、ボーナスを支給する方向で二人に反対しているって事?」
那間裕子女史が小首を傾げて念のために確認をするのでありました。
「そう云う事みたいだね」
山尾主任が伏し目をして重々し気に頷くのでありました。
「じゃあ、未だ出る可能性も充分あるって事かな」
袁満さんが少し口元を綻ばすのでありました。
「それはそうだけど、でも若しボーナスを支給する事になったとしても、去年の暮れと同じくらいの額とはいかないだろうな」
山尾さんは陰鬱そうな顔で袁満さんの楽観をつれなく窘めるのでありました。
(続)