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あなたのとりこ 738 [あなたのとりこ 25 創作]

 頑治さんが当り障りのない無難な線で応えるのでありました。
「均目君とか那間さんは未だ若いからそうでもないけど、甲斐さんの方は再就職するとなると、色々大変なんじゃないかなあ」
 日比課長はこう云うものの、実はこの三人の動向について然して心配もしていないし、殆ど無関心な様子でありましたか。しかし甲斐計子女史の動向についての言葉が出て来たものだから、袁満さんはまたもや目立たぬようにではあるけれど、何となく身構えるような素振りを見せるのでありました。日比課長に甲斐計子女史に対する良からぬ興味が未だあるのではないかとの猜疑、まあ、思い過ごしも抱いて仕舞うのかも知れません。
「甲斐さんの動向とか、日比さんにはもう関係ないだろう」
 袁満さんは不機嫌そうにソッポを向きながら、日比課長に徳利を差し出す様子もなく、手酌で自分の猪口に酒を満たすのでありました。
「そりゃそうだけど、まあ、ちょっとは気になるし」
 日比課長は袁満さんが無愛想な顔で、今度は酌をしてくれない事が何となく気になるようでありました。ひょっとしたら自分が嘗て、全く気軽な魂胆から甲斐計子女史にちょっかいを出そうとした事実を、袁満さんが聞き知っているのかも知れないとふと疑うのでありましたが、それは甲斐計子女史自身の口から語られなければ袁満さんが知り様もない事に違いないのであります。これ迄の観察から、甲斐計子女史が袁満さんにそんな事を打ち明ける程には二人の仲は親密ではない筈、とか、日比さんは考えたのでありましょう。
 ところがどっこい、甲斐計子女史と袁満さんは既にもうなさぬ仲なのでありますし、女史の不安と鬱憤からその辺の事情は、そんな仲になる前から疾うに袁満さんにも、それに頑治さんにも知れているのでありました。ここは日比課長の考え足らずであります。
「均目君はもう、何か仕事に付いたようですよ」
 頑治さんが日比課長に話し掛けるのでありました。
「へえ、何の仕事だい?」
「書籍の編集とか、雑誌に請負で記事を書いたりする仕事の様ですよ」
「どこかの出版社にでも就職したのかい?」
「いや、直接本人から聞いたのではないのでその辺は良くは知らないのですが、まあ、風の便りに、と云うか何と云うか」
 頑治さんは曖昧に応えるのでありました。
「那間さんはどうなんだい?」
「那間さんの方は特に情報は入っていませんね」
「那間さんからは連絡はないのかい?」
「ないですね。会社を辞めた後は」
「唐目君と那間さんは結構仲が良かったように思っていたけど」
「会社の中では軽口を云ったりする、と云うか一方的に俺が云われている仲だったけど、まあ、会社を離れると特段気が合う仲、と云う訳でもなかったですからね」
 そう云えば那間裕子女史は、その後どうしたのでありましょうや。
(続)
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