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あなたのとりこ 736 [あなたのとりこ 25 創作]

「未だ日比課長には云ってはいないんですね?」
「そう。甲斐さんとしては俺が日比さんと付き合うのも嫌みたいなんだ。日比さんは徹底的に甲斐さんに嫌われているんだよ」
 さもありなん、と頑治さんは思うのでありました。日比課長は前に甲斐計子女史に懸想して、付き纏ったりして忌避されていたのでありましたから。
「それじゃあ今日、俺と日比課長と袁満さんで、ここで飲む事になったと云う事も、甲斐さんには一切内緒なんですね?」
「そう。偶々昨日日比さんから電話が掛かってきて、唐目君と池袋で今日飲む事になっていると云ったら、俺も一緒に行くと勝手に乗り気になって付いてきたんだよ。まあ俺としても来るなとは敢えて云えないしね、甲斐さんが一緒と云う事でもないし」
 そう云った後、袁満さんがおどおどと目配せをするのは、日比課長がトイレから戻って来た故でありました。日比課長は手を拭いたハンカチを折り畳んでズボンの尻ポケットに仕舞いながら、籐の腰掛けに尻を落とすのでありました。
「ええと、話しは何だったかな?」
 日比課長が猪口を取って残りの酒を飲み干すのを待って、頑治さんは徳利を取って徐に日比課長に差し向けるのでありました。
「日比課長と土師尾常務がこれから先同じような仕事をすると云う事なら、二人の間でお得意さんの取り合いになるんじゃないか、と云う話しですよ」
「ああその事ね。それは俺としてはあんまり心配していないよ」
 日比課長は次の一杯もグイと喉の奥に流し込むのでありました。「あの人は会社に居て電話で適当に営業していただけだし、俺の取って来た仕事の仕上げの部分を掠め取って、それを自分の実績にしていたようなもので、実際にお得意さんに顔出しして仕事を取るために動き回っていたのは俺の方だよ。俺の方がお客さんとは昵懇だからね」
「つまり日比さんの方が、お得意さんとの結びつきは濃いと云う事ね」
 今度は袁満さんが日比課長の空いた徳利に酒を注ぐのでありました。
「そう。それにあの人は坊主である事を売り物にして、如何にも篤実そうに振る舞ってはいたけど、殆どのお客さんはその嘘っ八を疾うに見破っていたし」
「そりゃそうかな。あのインチキ野郎の浅薄な表面は大概の人は嘘だと見破れるし。それにお客さんとより昵懇である日比さんが、日頃から土師尾常務の卑劣さやら信用出来ない辺りを、露骨にあれこれお客さんに喧伝していただろうしね」
 袁満さんがまたまた哄笑するのでありました。
「そんな真似は俺はしていないよ。まあ、愚痴はこぼした事はあるかも知れないけど」
 日比課長は袁満さんの注いだ酒も一気に飲み干して仕舞うのでありました。このピッチで飲んでいると、日比課長は早々に酔い潰れるんではないかと頑治さんは心配するのでありましたが、まあ、那間裕子女史よりは日比課長の方が酒には強い方だろうから、その心配は要らないと思い直すのでありました。それに若し酔い潰れたとしても、その後を介抱して家まで送っていく役目は、頑治さんではなく袁満さんでありましょうから。
(続)
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