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あなたのとりこ 707 [あなたのとりこ 24 創作]

「旅行から帰ってきたら、その時から来てくれればいいんだが」
「いやあ、延々と旅行を続ける訳じゃないけど、しかしいつ帰るかは判りませんから」
「本当に、何時からだってこっちは構わないんだよ」
 片久那制作部長はなかなか執拗なのでありました。
「何と云うのか、未だ次の仕事の事を考える気持ちの切り替えが出来なくて」
「ある程度ならこちらも待つ心算はあるが」
「それは逆に自分の方が心苦しいしですよ」
 ここで片久那制作部長は次の言葉を継がないのでありました。頑治さんの煮え切らなさに遂に愛想を尽かしたか、あれこれ言を構えてうんと云わない頑治さんに、全く脈がないとはっきり見極めたと云う感じでありますか。そう思って頑治さんは安堵するのでありましたが、片久那制作部長を怒らせたのなら、これは申し訳ないところでありますが。
「まあ、唐目君に来る気がないと云うのはしっかり判ったよ」
 片久那制作部長は特に怒っている風でもなく、かと云って極端にがっかりしたと云う風でもないような、素っ気ない云い草をするのでありました。
「折角誘っていただいているのに、申し訳ないですけど」
「いや、まあ、判った。それじゃあこれで」
 片久那制作部長は無愛想に電話を切るのでありました。この無愛想なんと云うものは、まあ、態々誘ってやっていると云うのに頑治さんが鈍い反応しか示さない、或いは故意に鈍くしか対応しようとしない煮え切らなさに憤慨したのでありましょう。自分のワンプッシュどころか、異例のツープッシュに対しても頑治さんがあくまでもつれない態度であるのは、嘗て目をかけて遣った自分の厚意を軽んじられた気がするでありましょうし。
 頑治さんは何となく片久那制作部長に済まないような思いもあるのでありました。折角あれこれ気にかけてくれたし、制作の仕事も丁寧に教えてくれて、信頼して任せてもくれたのでありましたが、それに報いる事が出来ないのは心苦しい限りであります。
 何より、片久那制作部長は贈答社と云う会社の中に於いては随一に頼りになる人でありましたし、その人が興した会社に厄介になる方がこの先また面倒な職探しなんかするよりも、仕事を得ると云う点に於いて余程確実であり楽ちんではありましょう。それに一応は気心の知れた均目さんとも同僚となって一緒に働けるのでもありますし。
 しかし何となく片久那制作部長とこの先ずうっと関係を持つと云う事に、ある種のしんどさをも感じるのであります。それはこれ々々こう云う訳でしんどい、と云う確たる理由があるのではないけれど、何と云うのか、まあ、相性と云うのか、自分とは異人種であると云う感覚と云うのか、好悪の傾向が多分全く違う人だと云うのか、まあ、抽象的且つあやふやながら、そう云う風に云うしかないところでありましょうか。
 均目さんとも、何となくこの辺りで一先ず縁切りにした方が無難なような気がするのであります。勿論那間裕子女史との一件もありますが、それよりこの先片久那制作部長の下で同じ仕事をしていたら、屹度その内に妙な事から反目し合うようになって仕舞って、険悪な仲になって、結局はどちらかが去る事になるような予感がするのであります。
(続)
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