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あなたのとりこ 701 [あなたのとりこ 24 創作]

「ここは一番、もう少し強気に出る時じゃないですかね」
 頑治さんが云うと袁満さんは、小さくではあるけれどしっかり頷いて見せるのでありました。折角好い感じになってきた甲斐計子女史との仲をこれで終了させたくないと云う袁満さんの真情が、この頷きではっきり吐露されたと云う事になるのでありましょう。
「その内また昼飯にでも誘ってみるかな。まあ、何時もは甲斐さんが先ず俺を昼飯に誘ってきて、その後でコーヒーを俺が誘っていたんだけどね」
「そんなのはどっちが先でどっちが後でも良いじゃないですか」
 袁満さんは妙なところに拘るのでありましたが、これはひょっとしたら二人の仲に於いて甲斐計子女史の方が積極的だったと云うところを、見栄から敢えて頑治さんに強調したかったのでありましょうか。ま、ここでこう云うのは無用な自尊心でありますけれど。とまれ袁満さんは甲斐計子女史との今迄の仲を、この先もずっと続けていきたいと願っているのであります。これは疑いのない明快な気持ち、と云えるでありましょう。
 袁満さんは向後の指針を得たような気になったのか、これで意気揚々と、と云うとやや大袈裟の誹りを免れないでありましょうが、それでも倉庫に現れた時よりは溌剌として上の事務所に引き上げて行くのでありました。序ながら、頑治さんと那間裕子女史の件に関しても、それ以上の質問やら追及はなくて済むのでありました。

 翌日の昼休みに頑治さんは均目さんから、珍しく昼食に誘われるのでありました。このところ均目さんとは昼食を一緒に摂る機会は失せているのでありました。それどころか、朝に慣習的な挨拶を交わす以外は一日殆ど口を利かない日もあるのでありました。
 食事は近くの中華料理屋でさっさと済ませて、その後均目さんの誘いで神保町の喫茶店ラドリオに入って午後の始業迄の時間を潰すのでありました。
「唐目君は会社を辞めた後の仕事は、もう目途を付けているのかい?」
 均目さんは珍しく紅茶を飲みながら訊くのでありました。
「いや、未だ何も。この分だと当分はその日暮らしかな」
 頑治さんは何時も通りウィンナーコーヒーを啜るのでありました。
「暫く骨休めでもする心算かい?」
「骨休めする程この会社で働いていないよ」
「それはそうだな」
 均目さんは口の端を歪めて苦笑するのでありました。
「均目君の方は片久那制作部長から、何時から仕事に来てくれとか、そう云った具体的な話しなんかはもうあったのかな?」
「うんまあ、ぼちぼちね」
 均目さんは紅茶カップの縁から唇を離すのでありました。「片久那制作部長は地下鉄の新宿三丁目駅の傍に仕事場をもう構えていて、何度かそこに行った事があるし、仕事の手伝いなんかも少しさせて貰っているよ、そんなに本格的にと云う訳ではないけど」
「へえ。もうそっちの仕事に取り掛かっているんだ」
(続)
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