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あなたのとりこ 696 [あなたのとりこ 24 創作]

 若し那間裕子女史が何処までも頑治さんのアパートに居座るとしたなら、頑治さんは今夜帰るべき家を失う事になる訳であります。しかしまあ、時候は真冬の寒風吹き荒ぶ頃でもなし、一夜くらい外で過ごしても別に過酷な事でもないというものであります。
 頑治さんは決して潔くはないそんな決定をすると、そおっと立ち上がって玄関先に向かうのでありました。部屋の電灯は点けっ放しにしておいても構わないし、鍵は掛けるとしても内側からそれは解除できるから、那間裕子女史は帰る事は出来る筈であります。女史が帰った後暫くの無施錠の不用心は仕方のないところでありますけれど。
 ドアノブの回る音を極力たてぬように扉をゆっくり押し開けて、また閉まる時の音も注意深く無音に済ませて、頑治さんは誰憚る事のない自分の家であるにも関わらず、妙にビクビクしながら部屋の外に出るのでありました。無事に外に出ると溜息を吐くのでありましたが、ここで何故か急に腹がかなりへっている事に思い至るのでありました。那間裕子女史を放ったらかしにして、自分一人だけ食事を摂るのも何やら気が引けない事もないのでありましたが、まあ、相手は昏睡しているのだから仕方がない事でありますか。
 頑治さんは地下鉄の本郷三丁目駅近くの、夕美さんが上京してきた折等、時々一緒に食事に入った事のある中華料理屋に向かうのでありました。
 ところで若し夕美さんが東京に来ている時に、那間裕子女史が今日みたいな感じで頑治さんの家を訊ねて来ていたとすれば、何だか非常にややこしい事に相成った事でありましょう。しかし今日の場合、来た時には未だ那間裕子女史は酔い潰れてはいなかったから、ひょっとしたらすったもんだはあったにせよ、結局は何とか円く片が付いたかも知れませんが、前の時のようにすっかり酔い潰れて前後不覚で玄関先に倒れていたとしたら、これはもう、考えただけでげんなりする程厄介な事件になった事でありましょうか。
 てな事を考えながら炒飯とラーメンを食い終って、頑治さんは腕時計を見るのでありました。終電には未だ時間があるのでありました。
 もう少し帰るのを遅らせる必要があると考えて、頑治さんは本郷三丁目駅近くの喫茶店で時間を潰すのでありました。そこは夜中の二時迄遣っている店で、飲んだ帰りのサラリーマンらしき客が二組程、離れた席に座って、緩んだ姿勢でコーヒーを啜りながら、テニスのテレビゲームを夢中でやっているのでありました。何やらあんまり好ましい雰囲気ではないのでありましたが、まあしかし、ここは仕方がないところでありますか。
 喫茶店を出たのは夜中の一時を過ぎた頃で、もう正気に戻ったなら、那間裕子女史は確実に帰った頃でありましょうか。外からアパートの自分の部屋を窺うと、点けっ放しにして出て来た電灯は消えているのでありました。
 と云う事は那間裕子女史は頑治さんが出て来る時の儘で、ずうっと寝ていると云う事ではないのでありましょう。ずうっと寝ているとすれば、電灯は点けられている儘である筈でありますから。頑治さんは思わず指を鳴らすのでありました。
 しかし単に電灯を消して、部屋の中でぼんやり座っている可能性もあると云えばあるのであります。しかししかし、電灯を態々消して座っている謂れはないでありましょう。これは矢張りもう帰ったと云う事でありましょう。そう願うばかりであります。
(続)
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