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あなたのとりこ 690 [あなたのとりこ 23 創作]

 頑治さんは怯んで少し後退りするのでありました。それを見て那間裕子女史はカラカラと愉快そうに笑うのでありました。
「随分嫌われたものね」
「別に、そんな心算ではないのですが。・・・」
「冗談よ。そんな気は、今日はないから安心して良いわ」
 那間裕子女史は頑治さんの臆病を笑う心算か、鼻を鳴らすのでありました。「唐目君には相思相愛の彼女さんが居るようだし、あたしの出る幕はどうやらなさそうだしね」
「あのネコも彼女さんとの間での、いわく付きのものなんでしょう?」
 那間裕子女史は本棚のネコのぬいぐるみを指差すのでありました。
「まあ、そんなような、そんなんでないような。・・・」
「何を曖昧な事云って誤魔化そうとしているのよ。でもそれはそれで別に良いわ。とことん拘る程の関心はもうないから」
 那間裕子女史は興味無さそうにネコのぬいぐるみから視線を外すのでありました。「ところで片久那さんのその後に関しては、唐目君は何も聞いていないの?」
 女史は話頭を曲げるのでありました。
「片久那制作部長の事、ですか?」
 均目さんとの絡みがあるから、ここで那間裕子女史が片久那制作部長の名前を出した事に、頑治さんはどぎまぎするのでありました。別に頑治さんがどぎまぎする必要はないのでありましょうが、均目さんが片久那制作部長の興す会社に誘われている、と云う事をここで、実は、と云う感じで自分の口から那間裕子女史にバラすのは、何やら潔くない告げ口のような気がしたものだから、竟々云い淀んだのでありました。先程も均目さんの次の就職の話しで、何となく確たることは知らないような口振りをした手前もありますし。
「唐目君が会社に入るのより随分前だけど、酒の席か何かで、もし今の仕事を辞めたとしたら、新宿のゴールデン街だったかで小さな飲み屋でも遣りたい、なんてことを聞いた事があったから、ひょっとしたらそう云う仕事を始めたのかしら、とか思ったのよ」
「片久那制作部長は酒が好きだったし強かったし、それに日本中の地酒のことを良くご存知でしたから、或いはどこかで飲み屋でも始めたのかも知れませんね」
 頑治さんはそう調子を合わせるのでありました。
「まあ、片久那さんの事だから抜け目なく、と云うか手抜かりなく確実に、ちゃんと次の仕事を見付けるか、或いは自分で興しているんでしょうけどね」
「ご家族もおありになるし、そこは着実なんじゃないですかね。色々各方面に学生時代からのお知り合いもいらっしゃるようだし、その辺りからの援助もあるだろうし」
「そうよね、あたしが心配する事じゃないわね。ま、そんなに心配もしていないけど」
「片久那制作部長の事に関しては、俺なんかに訊くより那間さんの方が、その後に連絡なんかもあるだろうから詳しいと思っていましたけどねえ」
「連絡なんて何もないわ、片久那さんが会社から居なくなって以来。寧ろ唐目君の事がお気に入りのようだったから、唐目君には何か連絡があったのかと思っていたわ」
(続)
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