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あなたのとりこ 689 [あなたのとりこ 23 創作]

「あんまり上手くいっていたとは云えないわね」
 那間裕子女史は含羞の笑いを消すのでありました。「要するに断わりもなくあたしが唐目君の家に押しかけた、と云うのが気に入らないようよ。ま、当然だけど」
「俺もそこのところは未だに解せないところではあるのですが」
 頑治さんはそう云って遠慮がちに那間裕子女史の顔を見るのでありました。すると女史はその頑治さんのその視線に対抗するように、頑治さんよりも強い視線で見返すのでありました。頑治さんは何となくたじろぐのでありました。

 那間裕子女史は頑治さんのおどおどする様子を見透かすように、視線に尚一層の力を籠めるのでありました。まるで恨みを込めて睨むような目付きであります。
「あの時は前後不覚に酔っぱらっていたけど、でもね、ちゃんとそれなりにある種の計略みたいなものも、一応は持っていたのよ。ま、酔い潰れる前迄、だけどね」
「ある種の計略、と云うのは一体何ですかね?」
「あの時間に訪ねれば、まさか追い返されはしないだろうなって云う読みよ」
 それは確かに、終電後でもあるから追い返しはしなかったのでありました。
「追い返されないなら、好都合な一夜の宿代わりにはなると踏んだんですかね」
 那間裕子女史は鼻を鳴らして口の端を歪めて一笑するのでありました。
「単に家に帰る電車がなくなって仕舞ったから、唐目君のアパートをホテル代わりに使おうと思った、なんてそんな興醒めな理由なんかじゃないわ」
 那間裕子女史は少し怒ったような云い草をするのでありました。しかしその云い草の割には、その両目に何やら妙に色めいた潤んだ光沢が宿っているのでありました。ここでまた頑治さんはあたふたして仕舞うのでありました。
「まあ、酔い潰れて仕舞ったから、その計略も結局おじゃんになっちゃったけどね」
 那間裕子女史は哄笑するのでありました。「それに予想もしなかった事だけど、均目君を呼び出したりとかされたからね」
 那間裕子女史はここで缶ビールをグビと飲むのでありました。「まさか唐目君があの局面で、均目君を呼ぶとは思ってもいなかったわ。そんな当意即妙な逃げ方もあったかと、後で感心もしたわ。ま、憎らしさが八分で感心が二分、と云うところだけど」
「ひょっとして褒められているんですかね?」
 頑治さんは頭を掻くのでありました。
「何を無邪気に喜んでいるのよ。当然褒めている訳じゃないわよ」
 那間裕子女史は怒って見せるのでありましたが、そんなに激しく怒っていると云う風ではないのでありました。寧ろこれは拗ねていると云った感じでありますか。
「だから今日は、均目君の事を訊きにきたと云うのは単なる口実で、実はあの時の恨みを晴らしにきた、と云うのが本当の目的よ」
 那間裕子女史はそう云って意味有り気に笑うのでありました。
「いやあ、それは、・・・」
(続)
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