SSブログ

あなたのとりこ 672 [あなたのとりこ 23 創作]

 まあ、他の三人には特に異存はないのでありました。依って四人は神保町駅の辺りまで戻って、件の居酒屋で酒でも酌もうと一決するのでありました。
「いやあ、案外すんなりと放免してくれたなあ」
 袁満さんがビールグラスを傾けながら云うのでありました。「そんなんじゃあ、自分の面目が立たないからもう少し粘れ、とか云われるんじゃないかとビクビクしていたけど」
「粘れ、と云うのは、つまり労働争議化して会社が非を認める迄闘え、と云う事?」
 那間裕子女史が熱燗の猪口を口元に運びながら訊くのでありました。どう云うものか那間裕子女史はこのところ日本酒づいているようであります。
「そうですね。無責任に放り出さないで、少しはこっちの労に報いたらどうなんだと凄まれたらと、ビクビクして仕舞いますよ。何だかちょっと弱いところを突かれるようで」
「でも何でそんな弱気になる必要があるんですか?」
 均目さんが袁満さんにビールを注いで貰いながら訊くのでありました。
「ヤクザじゃあるまいし、施した恩に対しては相応の働きで示せとか、義理と人情を絡めてこっちに何かを要求するのは、労働組合として妥当な遣り口じゃないですよ。まあ、背後にいる政党なら、自分達の利益のためならそんな事も遣りかねないけど」
「そんな政党が背後にいるなら、全総連も同じ遣り口をしてきてもおかしくないと云うことになるんじゃないかな、均目君の後の方の云い草からすれば」
 頑治さんが、まあ別にそんなに拘る気もないのでありましたが、ちょっとばかり均目さんに反駁して見せるのでありました。
「しかし、表面上全総連はあの政党とは無関係だと云う事になっているし、あの政党の影響下にあると云う事は、どうしても隠しておく必要があるからねえ」
「しかしそれは既に公然の秘密、と云うところだろう?」
「知っている者は知っているけど、まあ、世間的には未だそう知れ渡ってはいないし」
「確かに俺もあの政党と親密な関係にある労働組合の連合体だとは、均目君に聞く迄全く知らなかったし、全総連が労働組合の元締めの一つだとはかろうじて知っていたけど、どんな性格の組織かと云う事は、今に至っても未だぼんやりしているしなあ」
 袁満さんが均目さんの言に頷くのでありました。
「巧妙に正体を隠していますからね、全総連は。と云うより、あの政党に深く関係している組織は、どんな組織でも、関連なんか全くないように偽装をしていますからね」
 均目さんは自得するように頷くのでありました。
「どうして無関係を装う必要があるんだろう?」
 袁満さんがビールをグイと呷るのでありました。
「或る方面を中心に、あの政党の歴史的悪辣さとか遣り口の汚さが知れ渡っていて、そこと関係があると云うだけで生理的に嫌悪される恐れがあるからでしょう」
「生理的に?」
「そうです。云わば不倶戴天の敵、みたいなものです」
「あの政党はそんなに酷い政党なの?」
(続)
nice!(10)  コメント(0) 

nice! 10

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。