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あなたのとりこ 668 [あなたのとりこ 23 創作]

「あら、皆で何の談判をしているの?」
 那間裕子女史は妙にあっけらかんとした口調で誰にともなく訊くのでありました。遅刻したくせにあっけらかんとしている態度にも不愉快を覚えたようで、土師尾常務は眉根を寄せてプイとそっぽを向いて何も答えないのでありました。
「別に談判じゃなくて、昨日直接社長に辞表を出した経緯を説明したり、退職金は変な謀なんかしないで、規定通りちゃんと出してくれと要望していたんだよ」
 均目さんが近寄って来る那間裕子女史に説明するのでありました。
「要望と云うより、そんなの当たり前の事じゃない。社長もそこは約束してくれたし」
「ただ常務のこれ迄の遣り口を考えると、ここでちゃんと念を押しとかないと、どんな無体な事を仕出かすか判ったものじゃないですからね」
 袁満さんは土師尾常務とは近々きっぱりおさらばする事が決まったためか、慎に遠慮の無い云い草をするのでありました。土師尾常務は袁満さんをまた睨むのでありましたが、何も云い返さないのでありました。袁満さんがもう自分に対して弱気に出る必要がないと判ると、生来の小心さから用心深く、と云うよりはちょいと及び腰になったのでありましょう。ひょっとしたらこれ迄の意趣返しも袁満さんは狙っているかも知れませんし。

 全総連には辞表提出した四人が会社帰りに揃って説明に出向くのでありました。委員長の袁満さんと書記の那間さんの二人で行って貰っても良いのかも知れませんが、それでは何だか如何にも事務的だし軽々しいし、今まで何かと世話になった事に対して不誠実な気がするものだから、ここは全員揃って、と云う事に一決したのでありました。
 勿論、重大説明に袁満さんと那間裕子女史の二人が、二人だけで出向く事に気後れした事もありますか。それに頑治さんと均目さんにしても、袁満さんと女史の二人に縁切れの報告と説明を任せて、後は知らん振りと云うのも大いに気が引けるのでありましたし。
 出向いた四人は横瀬氏に、五六人が打ち合わせとかに使用する小さな会議室に案内されるのでありました。四人は横に並んで横瀬氏一人と対座するのでありました。
「何か会社の状況に変化でもあったのかな?」
 横瀬氏は当然これから為す四人の重大発表を未だ知らないものだから、何処かのんびりした口調でそう訊くのでありました。
「ええ、実は、・・・」
 袁満さんが気難しそうな顔をして後を云い淀むのでありました。その様子に横瀬氏は俄に普段ならぬ気配を感じてか、笑いを消し去ってパイプ椅子の背凭れから身を起こして、乗りだした身を支えるためにテーブルに両肘を乗せるのでありました。
「実は、唐突で恐縮なんですが、ここに居る四人は会社を辞める事にしたのです」
 何となく後を続け辛そうな袁満さんに代わって、均目さんが云うのでありました。
「えっ、辞めるって、・・・それは」
 横瀬氏は当然の反応として驚くのでありました。その後、険しそうな目で前に座る四人の顔を順に見遣るのでありました。
(続)
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