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あなたのとりこ 667 [あなたのとりこ 23 創作]

 均目さんが皮肉な笑いを片頬に湛えながら云うのでありました。「それをどう云う勘違いか妙に偉そうに、しかも恩着せがましく、誰よりも早く朝一番で、とか抜け々々と云ってのけるのは、一体全体どう云う了見からなんですかねえ」
 そう云われて土師尾常務が何時になく何も云い返さず悔しそうに下唇を噛むのは、屹度均目さんの指摘てえものがドンピシャだったからでありましょう。
「我々が直接辞表を社長に提出した経緯も、社長は理解してくれましたからね」
 袁満さんが止めの一発の心算でそう告げるのでありました。「社長は俺達が常務を吹っ飛ばして直接辞表を渡した件については、特段何も云っていなかったでしょう?」
「それはそうだが、そこは社長の度量の大きさと云うもので、大いに問題行為だと認識していても、敢えて目を瞑ってくれたんだろうさ」
 土師尾常務はこの場に居ない社長の顔を、忠義立てからか告げ口される事への警戒心からかちょいと立てて見せるのでありましたが、これで昨日社長から叱責なり苦情なりの電話があった事を、間抜けにもうっかり認めて仕舞った事になる訳であります。
「社長は俺達が揃って辞表を提出した件とは別に、常務の仕事態度や部下に対する信頼のなさとか関して、何かあれこれ云っていませんでしたか?」
 袁満さんは口の端に憫笑を湛えて訊くのでありました。それに対して土師尾常務は鬼の形相で袁満さんを睨むのでありましたが、ここでも抗弁を控えるのでありました。まあつまり、昨日の電話でそのような言が社長からあったのでありましょう。それにひょっとしたら袁満さん達と社長との間には自分を介しない交通があって、下手な嘘をここでついたなら、後でそれを社長に報告されるかも知れないと疑心暗鬼したのでありましょう。
「まあ、良いや」
 ここで均目さんが言葉を発するのでありました。「そう云う事で俺と袁満さんと那間さん、それに唐目君の四人はもう既に正式に辞表を提出して、社長の承認によりこの二十日の締め日を以って退社する事になりましたので、よろしくお手配ください」
「判ったよ。云われる迄もなくそのように手配するよ」
 土師尾常務は不愉快そうに一度頷くのでありました。「念のために云っておくが、後に不手際を残さないように、キッチリと自分の仕事を完結してから辞めてくれよ」
「貴方に態々そう云われる迄もないですよ」
 袁満さんが鼻を鳴らすのでありました。
「それから、これはもう社長に同意を貰っている事項ですが、つまらない工作とか企まないで、就業規定で決まった額の退職金はちゃんと出してくださいよ」
 均目さんが云い添えるのでありました。土師尾常務はここでも大いなる不快感を満面で表しながら均目さんを睨み付けて、しかし何だか後ろめたそうにその目をすぐに外して、判るか判らないくらいの小さな頷きをして見せるのでありました。
 丁度そこに那間裕子女史が扉を開けて事務所内に入って来るのでありました。那間裕子女史は座った土師尾常務を小さな弧状に囲んで、辞表提出組が何やら詰め寄ってでもいるような気配に、少し戸惑ったような表情をするのでありました。
(続)
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