SSブログ

あなたのとりこ 662 [あなたのとりこ 23 創作]

「でもその顰め面と合わせて、如何にも自棄酒と云った雰囲気だけど」
「いやもう、会社にいても何の将来像も描けないと云う事がはっきりしましたよ、あの全体会議で。社長も土師尾常務もてんで頼りにならないし、それに経営者としての気概も能力もないという事が判明しましたからね。そんな会社にこの先残ってあくせく働いていても甲斐がありませんし、ここでパッと考えを切り替えないとどうにもなりません」
「現状変更に臆病な袁満君がそう決心したと云うのは、大した進歩じゃない」
 那間裕子女史が猪口をテーブルに置いて、拍手しながらからかうのでありました。
「あそこ迄無茶苦茶な二人が、会社をこの先率いて行こうとしている訳だから、それは袁満さんに限らず誰だって嫌気が差すに決まっているよ」
 均目さんが自分のビールグラスを傾けるのでありました。
「何だか臆病で頓馬な俺ですら嫌気が差すんだから、他の普通の人は全く当然の事として嫌気が差すに決まっている、と云う風に云われているみたいだなあ」
 袁満さんが苦笑するのでありました。
「いやそんな意味で云ったんじゃないですよ」
 均目さんが慌てて云い繕うのでありましたが、まあ多少はそう云う人の悪い謂いも、均目さんは頭の片隅に浮かび持っていたのかなと頑治さんは疑うのでありました。
「それにしても散々土師尾常務の悪辣さと陰険さと、好い加減さと無能さを社長に捲し立てて、本人のいないところで悪口を思いの丈吐いてきたようで、何だかちょっと後味が悪いところもあるけど、幾らあんな酷い社長でも俺達の事を逆に軽蔑したかな」
 袁満さんが午前中の社長室での事を振り返るのでありました。
「いやあ、社長は寧ろ真顔で土師尾常務評に聞き入っていましたよ」
 頑治さんが徳利を取って自分の猪口に熱燗の酒を注ぐのでありました。
「そうね。嫌な顔はしていなかったかしらね。初めて聞く土師尾常務の悪評に、返ってあたし達に同調するような表情をして聞いていたかしらね」
 那間裕子女史が猪口を煽るのでありました。
「まあ、同調はしないでしょうし、熱心に耳を傾けていても、だからと云ってあの社長が俺達に何かしてくれる筈はないでしょうしからね」
 頑治さんは那間裕子女史の空いた猪口に空かさず酒を注ぎ入れるのでありました。
「それはそうだけどね」
 那間裕子女史は溜息を吐いてから猪口を口元に運ぶのでありました。
「要するに今後土師尾常務に遣りたい放題を遣らせないために、その首根っこを押さえる材料を色々仕入れようと大いに熱心に聞いていた、と云う事だろうな」
 均目さんが手酌でビールを自分のグラスに注ぐのでありました。「俺達に対して共闘している筈の社長と土師尾常務の間にも、猜疑と嫌悪の風が渦巻いているからなあ」
「なんだかおぞましいわね」
 那間裕子女史がまた一気に猪口の酒を飲み干すのでありました。「だから袁満君、安心して良いわよ。会社に辞表を出したのは丸っきり正解よ」
(続)
nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 13

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。