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あなたのとりこ 658 [あなたのとりこ 22 創作]

 社長は頑治さん達四人の姿を認めると少し驚いたような顔をするのでありました。
「何かね、朝っぱらから?」
「いきなりこう云うものを社長に手渡すのは僭越だとは思いますが、なにせ土師尾常務が何時もの事ながら、未だ出社されていないものですから」
 袁満さんはこの科白の中の、何時もの事ながら、と云うところを敢えて強調して云いながら、四人分の辞表を纏めて社長の机の上にそろりと置くのでありました。
「何かね、これは?」
 社長は四通の白封筒を手に取り上げながらその表書きに見入るのでありました。
「我々四人は会社を辞めさせていただく事に決めました」
 袁満さんはゆっくりと社長に向かって深めにお辞儀するのでありました。頑治さんと均目さん、それに那間裕子女史もやや遅れてそれに倣うのでありました。社長は四人を交互に見渡しながら、暫し言葉を発しないのでありました。それからふと気が付いたように手で四人を傍らの応接ソファーの方に誘うのでありました。
「まあ、ちょっと座って話しをしよう」
 促される儘、右から頑治さん、那間裕子女史、それから袁満さんに均目さんの順でなかなか豪勢な応接ソファーの、四人掛けの長椅子の方に窮屈に並んで腰を下すのでありました。向いあって社長は、三脚並べてあるソファーの真ん中の一人掛けに座るのでありました。前もそうでありましたが、会社の応接スペースに置いてあるチンケなソファーよりは深く腰が沈んで、このソファーの方が返って座りづらいと頑治さんは感じるのでありました。まあ正確に云うなら、座りづらいと云うよりは立つ時に立ちづらそうであります。
「全体会議をした昨日の今日だと云うのに、どう云う事かね?」
 社長は袁満さんに少し首を傾げて見せるのでありました。
「昨日の今日だから、こうして辞表を提出するのですよ」
 袁満さんはやや不機嫌な口調で云うのでありました。
「昨日の全体会議で、愈々会社に愛想が尽きたと云う事かね?」
「社長も良くそう云う事が聞けますね」
 均目さんが皮肉な笑いを片頬に浮かべるのでありました。「我々を辞めさせようと云う魂胆で、全体会議をあんな風に持って行ったくせに」
「まさか。そんな心算は更々ないよ。そう云う云われ方は心外だね」
 社長は不満そうな表情を浮かべて恍けるのでありました。
「まあ良いですよ」
 均目さんは片頬の皮肉な笑いを増幅させるのでありました。「社長や土師尾常務の思う壺に嵌ったと云う事で、それはそれで今更別に何も云う事はありませんから」
 均目さんの云い草を聞いて、社長は如何にも狐に摘まれたような顔等して見せるのでありました。なかなかの犬、いや、ネコ被り振りであります。
「土師尾君は未だ出社していないのかね?」
 社長は話題を変えるのでありました。
(続)
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