あなたのとりこ 657 [あなたのとりこ 22 創作]
那間裕子女史は怪訝そうに頑治さんと袁満さん、それに均目さんを順番に見るのでありました。「ひょっとして、どうやってこれから辞表を出すかの打ち合わせかしら?」
この女史の言を片耳で聞いて、日比課長が顔を上げるのでありました。
「例に依って土師尾常務が未だ来ていないから、出すにも出せないよ」
均目さんがもの憂そうに応えるのでありました。「それに那間さんも遅刻だし」
「ああそうか。それはそれは、あたしとした事が慎に申し訳ない」
那間裕子女史はあっけらかんと笑うのでありました。均目さんは女史に横目を呉れて小さく舌打ちするのでありました。その舌打ちが気に入らなかったのか、女史は均目さんを険のある目で見返すのでありましたが、特に何も云い返さないのでありました。
「揃って会社を辞める事にしたの?」
日比課長が椅子に座った儘目を見開いて遠慮がちに訊くのでありました。件の四人は一斉に顔を日比課長の方に向けるのでありました。
「そうだよ。でも別に日比さんに同調してくれとは云わないよ」
袁満さんが皮肉を込めたような云い草をするのでありました。日比課長はそれに対して引き攣ったように笑うのでありましたが、その後は無言で、決まり悪そうに体ごと机に向かい直して下を向いて、手にしている手帳にまた目を落とすのでありました。
「さあ、ここで四人揃った訳だから、社長に辞表を渡す事にしますか?」
頑治さんが日比課長を見下ろしている袁満さんに訊くのでありました。
「まあ、土師尾常務を吹っ飛ばして社長に直接、と云うのは組織内の順序としては問題があるかも知れないけど、でも当の土師尾常務が来ていないのだから、仕方がないか」
「土師尾常務を敢えて無視すると云うところで、ある種のメッセージにはなるし」
均目さんが謀を目論むような目をするのでありました。
「土師尾さんが例によって来ていないから、社長に辞表を手渡すのね」
自分以外の三人の話を聞きながらそうと覚って、那間裕子女史が一応確認するのでありました。それに三人は夫々頷きを返すのでありました。
「勿論、那間さんも辞表は書いてきたんですよね?」
袁満さんが質すのでありました。
「書いてきたわよ、当然」
態々そんな確認なんぞは不要だ、と云うように那間裕子女史は不快気に顔を顰めるのでありました。その表情から袁満さんはおどおどと目を逸らすのでありました。
「じゃあ、俺の辞表を取って来るよ」
そう云って均目さんが一端マップケースの向こうの制作部スペースの方に引っ込んで、右手に白い封筒を持ってすぐまた戻って来るのでありました。こうして四人は互いに自然に頷き合ってから二階の社長室に揃って向かうのでありました。
社長室のドアを袁満さんがノックすると、すぐに社長の声で返事が返って来るのでありました。袁満さんはやや躊躇いながらドアノブを回すのでありました。
(続)
この女史の言を片耳で聞いて、日比課長が顔を上げるのでありました。
「例に依って土師尾常務が未だ来ていないから、出すにも出せないよ」
均目さんがもの憂そうに応えるのでありました。「それに那間さんも遅刻だし」
「ああそうか。それはそれは、あたしとした事が慎に申し訳ない」
那間裕子女史はあっけらかんと笑うのでありました。均目さんは女史に横目を呉れて小さく舌打ちするのでありました。その舌打ちが気に入らなかったのか、女史は均目さんを険のある目で見返すのでありましたが、特に何も云い返さないのでありました。
「揃って会社を辞める事にしたの?」
日比課長が椅子に座った儘目を見開いて遠慮がちに訊くのでありました。件の四人は一斉に顔を日比課長の方に向けるのでありました。
「そうだよ。でも別に日比さんに同調してくれとは云わないよ」
袁満さんが皮肉を込めたような云い草をするのでありました。日比課長はそれに対して引き攣ったように笑うのでありましたが、その後は無言で、決まり悪そうに体ごと机に向かい直して下を向いて、手にしている手帳にまた目を落とすのでありました。
「さあ、ここで四人揃った訳だから、社長に辞表を渡す事にしますか?」
頑治さんが日比課長を見下ろしている袁満さんに訊くのでありました。
「まあ、土師尾常務を吹っ飛ばして社長に直接、と云うのは組織内の順序としては問題があるかも知れないけど、でも当の土師尾常務が来ていないのだから、仕方がないか」
「土師尾常務を敢えて無視すると云うところで、ある種のメッセージにはなるし」
均目さんが謀を目論むような目をするのでありました。
「土師尾さんが例によって来ていないから、社長に辞表を手渡すのね」
自分以外の三人の話を聞きながらそうと覚って、那間裕子女史が一応確認するのでありました。それに三人は夫々頷きを返すのでありました。
「勿論、那間さんも辞表は書いてきたんですよね?」
袁満さんが質すのでありました。
「書いてきたわよ、当然」
態々そんな確認なんぞは不要だ、と云うように那間裕子女史は不快気に顔を顰めるのでありました。その表情から袁満さんはおどおどと目を逸らすのでありました。
「じゃあ、俺の辞表を取って来るよ」
そう云って均目さんが一端マップケースの向こうの制作部スペースの方に引っ込んで、右手に白い封筒を持ってすぐまた戻って来るのでありました。こうして四人は互いに自然に頷き合ってから二階の社長室に揃って向かうのでありました。
社長室のドアを袁満さんがノックすると、すぐに社長の声で返事が返って来るのでありました。袁満さんはやや躊躇いながらドアノブを回すのでありました。
(続)
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