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あなたのとりこ 655 [あなたのとりこ 22 創作]

 頑治さんが自席に座って向かい合う席の甲斐計子女史に朝の挨拶をすると、甲斐計子女史からは何も言葉が返ってこないのでありました。女史の机の前にある書類とか印鑑ケースの棚に邪魔されて、その表情ははっきり窺えないのでありましたが、屹度無愛想な顔でなるべく頑治さんと目を合わさないようにしているのでありましょう。
 すぐにマップケースの横から均目さんが現れるのでありました。
「土師尾常務からは例によって得意先に直行すると云う連絡が入ったよ」
「じゃあ、朝一で揃って辞表を出すのはなしになったんだね」
 頑治さんは座った儘横に立つ均目さんを見上げるのでありました。
「ま、仕方がないな」
 均目さんは舌打ちをするのでありました。
「じゃあ辞表の提出は午後になるのかなあ」
 袁満さんも頑治さんの傍に来るのでありました。「肝心の土師尾常務が居ないんだからどう仕様もないけど、何だか肩透かしを食ったようで調子が狂うなあ」
 そこへ日比課長が出社して来るのでありました。日比課長は袁満さんと均目さん、それに頑治さんが雁首揃えて深刻そうに何やら話している様子に不穏を感じてか、手持ちのバッグを机の上に置くとそそくさと、トイレにでも行くと云う体裁を装ってまたすぐ外に出て行くのでありました。昨日の全体会議の経緯から頑治さん達に対して親近感を棄てたのでありましょうし、少なからずの屈託をも感じているのでありましょう。
「那間さんは未だ来ていないのかな?」
 頑治さんは均目さんに目を向けるのでありました。
「連絡は入っていないけど、例に依って朝寝坊だろう」
 均目さんは苦った笑いを頬に浮かべるのでありました。
「未だ社長は出社していないだろうしなあ。社長がもう居るのなら、皆で社長室に行って社長に直接、辞表を手渡すと云う手もあるんだけど」
 頑治さんはそう云って均目さんから目を離すのでありました。
「土師尾常務を吹っ飛ばして、いきなり社長に手渡すと云う事かい?」
「まあ、土師尾常務が来ないんだから止むを得ず、と云う事だよ」
「成程。土師尾常務を無視すると云う点で、それも痛快かも知れないなあ」
 均目さんは今度はさも面白そうに笑うのでありました。
「しかし社長もいないし那間さんも未だ来ないとなると、その手もダメか」
 頑治さんは腕組みして俯くのでありました。
「全く、土師尾常務も那間さんも、勝手気儘だよなあ」
 袁満さんは憤るのでありましたが、しかしそれは袁満さんと均目さんと頑治さんの儘ならなさであって、仕事サボりと朝寝坊と云う横着者連中の肩を持つのではないけれど、単に間が悪い、と云うところであろうと頑治さんは思うのでありました。
「まあ、那間さんが未だ来ないんだから、土師尾常務も未だいないと云うのも、考えように依っては好都合だとも捉えられない事もないか」
(続)
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