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あなたのとりこ 651 [あなたのとりこ 22 創作]

「それは大変ね」
 夕美さんは溜息を吐いて見せるのでありました。「ところで抑々、何で労働争議だとか裁判沙汰だとか、そう云う大変な事になって仕舞ったの?」
「前に話した労働組合結成と春闘と、それに依る大幅な賃上げ獲得と、年齢別同一賃金と云う観点での不平等是正とかそんな、云って見れば労働組合の獲得した成果を、世の中の不景気とか売り上げ不振なんかから、数か月もしない内に再度見直したいと云う、提案と云うよりは一方的な通達みたいなものが経営側からあって、おまけに姑息な人員整理の謀なんかもあって、それはないだろうと組合が反発したのが発端かな」
 頑治さんは何とか簡潔にこれまでの事を要約しようと、ゆっくり考えを回らしながら言葉を継ぐのでありました。「まあ思えば、前にも話した役員の片久那制作部長と云う、なかなか男気のある、もの事の筋道を頑固にちゃんと通そうとする人が会社を辞めたのが、向こうが平気で無茶苦茶な要求を俺達に突きつけてくるようになった切っ掛けかな」
「頑ちゃん達と会社側の対立は、話し合う余地が全くないものだったの?」
「いや、話し合ったんだよ会社の全体会議と云う形式で。でも全くの平行線と云うのか、向こうは何が何でも考えを押し付けようとするし、こちらはこちらで端から聞く耳を持たないと云う態度だから、纏まる筈もないしね。で、行きがかりから組合の上部団体も巻き込んだ労働争議だと、組合として最初は大袈裟に息まいていたんだけど、そう云うのもしんどいし、正直な話し解決を見る迄闘争を継続する気力も覚悟もこちらにはないし」
 そこ迄云って今度は頑治さんが溜息を吐くのでありました。
「それで、それなら辞めて遣る、と云う事になったの?」
「まあ、そう云う感じかな」
「何だか、結局頑ちゃん達が経営側の強情に屈したような按配ね」
「まあ形から云えばそうとも云えるかな。こちらにこちらの正義を貫くべく、肚を括って対抗しようとする胆力がなかった訳だな」
 確かに自分達のひ弱さがこう云う、遁走、と云う結論を選んだのだろうと頑治さんは思うのでありました。要はこの件に於いては敗北したと云う事であります。しかしさっさと遁走して仕舞う方が、向後の事を考えると寧ろ、無茶な意地を通すより後々良かったと云える場合だってあるでありましょう。どちらが正解だったかなんと云うのは、今の時点で迂闊に判断出来ないところであります。こう云った辺り頑治さんは厳格主義者でも頑固一徹主義者でもなく、どちらかと云うとちゃらんぽらんな人間だと云えるでありますか。
「でもあたしとしても、頑ちゃんに先の見えない労働争議にのめり込まれるのは、ちょっと叶わないかな。何だか益々あたしから遠くなっていくようで」
「まあ、労働争議に巻き込まれてあたふたしなければならなくなったとしても、夕美から遠ざかるなんて云う了見は更々ないけどね、俺は」
「でも頑ちゃんがそう云う心算でも、屹度現実では忙しさにかまけて、そうはいかなくなるんじゃないかしら。そんな気がするわ」
「いやまあ、労働争議はもう、ない事になったけどね、実際」
(続)
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