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あなたのとりこ 650 [あなたのとりこ 22 創作]

「いやね、直前にふと閃いた人からじゃなかったから、ちょっと驚いたんだよ」
「その、閃いた人、って誰?」
「会社の袁満さんだよ」
「ああ、労働組合の委員長をしている人ね」
 受話器の向こうから夕美さんの頷く気配が伝わってくるのでありました。「その袁満さんに、何か大変な事件でも起こったの?」
「いやまあ、実は袁満さんだけじゃなくて、社員全員に、と云った方が良いけど」
「何、何、どうしたの?」
 夕美さんは頑治さんの思わせぶりな云い方に焦れたように先を促すのでありました。
「実は社員全員、と云うのか六人中四人が、明日会社に辞表を出す事になったんだよ」
「六人中四人が会社を辞めるのね?」
「そう云う事になる」
 今度は頑治さんが受話器の向こうの夕美さんに頷く気配を伝える番でありました。
「その四人の中に頑ちゃんは入っているの?」
「行きがかり上、入っているんだよ」
「つまり頑ちゃんも明日会社に辞表を提出するのね?」
「うん、そう。提出する」
 最初頑治さんは無意識で無言で頷いたのでありましたが、それでは伝わらないので慌てて後でそう云い足すのでありました。その言葉の後にちょっとした言葉の途切れる時間が流れるのでありましたが、それは夕美さんが、多少か或いは多大かその程度は良くは判らないものの、頑治さんが会社を辞めると云う言に衝撃を受けたためでありましょう。
「ふうん、頑ちゃんも辞めるんだ、会社を。・・・」
「うん。行きがかり上。・・・」
「行きがかり上?」
 今度は夕美さんがまた首を傾げる気配が感じられるのでありました。
「ちょっとあれこれ面倒な経緯があって、俺も行動を共にする事になったんだよ」
「頑ちゃんは、本当は会社を辞めたくはなかった訳?」
「まあ、あっさりと辞めたいと云う事じゃなかったけど、でも、かと云って何が何でも残りたい、と云う気持でもなかったかな」
「何かどことなく曖昧な感じね」
「曖昧と云うのか、優柔不断と云うのか、ね」
 頑治さんは多少自嘲的な云い草をするのでありました。
「その辺が、行きがかり上、と云うところな訳ね?」
「そう云う事になるかな。それともう一つ、下手をするとげんなりするくらい大袈裟な労働争議に発展する可能性があったし、それは何とも叶わないから、と云う事もある」
「大袈裟な労働争議?」
「裁判沙汰もあるかも知れない労働争議、だよ」
(続)
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