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あなたのとりこ 648 [あなたのとりこ 22 創作]

「あたしは会社に残るかどうか、ここでは未だ決められないと云っているの」
 甲斐計子女史は眉間に皺を寄せて懊悩の表情をして見せるのでありました。
「何れにしても俺達に同調する必要はないよ。じっくり考えてから決めれば良いし」
 袁満さんも甲斐計子女史のご機嫌を損なわないように、大いに気を遣いながら云うのでありました。まあ、本当に同調を強要する気もないのでありましょうし。
 しかし皆と行動を一緒にしない場合、後に会社を辞めると決めたとしても、甲斐計子女史は屹度、辞意を表するタイミングを失って仕舞うのではないかと頑治さんは思うのでありました。そうなるとズルズルと社長や土師尾常務の云いなりに、酷い待遇に甘んじて会社に残る羽目になるでありましょう。或いは社長や土師尾常務の方の任意で、結局会社を辞めさせられるかも知れません。これは日比課長にも云える事でありますか。
 それにしても、何事にも悲観が先に立って決心に手間取る袁満さんが、ここに到って会社を辞める決断をしたと云うのは、社長や土師尾常務の横暴にほとほと呆れ果てて、竟にこの二人に決定的な愛想尽かしをしたのでありましょう。勿論拗れた労働争議の当事者として、長々と会社と向き合わなければならない面倒を回避しようとしたのもあるでありましょうが、何れにしてもここで綺麗さっぱり縁切りする方が妥当だと思い定めたのでありますか。向後を考えれば、それはそれで貴重な決断であると云えるでありましょう。
「じゃあ明日、揃って土師尾常務に辞表を提出するか」
 袁満さんが再度確認するように均目さんと那間裕子女史、それに頑治さんをグルっと見渡すのでありましたが、甲斐計子女史には視線を向けないのでありました。
「俺は異存ないですよ」
 均目さんが頷くのでありました。
「あたしも右に同じね」
 均目さんの左隣に座っていながら那間裕子女史がそう云うのでありました。「唐目君もあたし達と行動を共にするのよね?」
「ええ、そうします」
 頑治さんは頭を少し前に傾けて同意を示すのでありました。
「じゃあ、・・・あたしがここに居るのは無意味なようだから、先に帰るわ」
 何となく一人取り残されたような按配の甲斐計子女史が、居心地悪そうに小さな身じろぎしながら遠慮がちに云うのでありました。
「ああ、いや、こうと決まったら俺達も、もう帰りますよ」
 均目さんが立ち上がった甲斐計子女史を見上げるのでありました。その均目さんの言を聞いて那間裕子女史が、急いで自分のカップにほとんど残っていないコーヒーをすっかり飲み干す真似をするのでありました。袁満さんも財布を内ポケットから取り出して自分のコーヒー代をテーブルの上に置いて、手提げカバンを脇に抱え込むのでありました。
「じゃあ、明日辞表を書いてきて、午前中に土師尾常務に四人揃って出す事にしよう」
 袁満さんが再々度の念のための確認か、そう云いながら残る三人をゆっくり見回すのでありました。三人もまた夫々小さく頷いてそれに応えるのでありました。
(続)
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