SSブログ

あなたのとりこ 647 [あなたのとりこ 22 創作]

「無責任な事を云わないでください」
 頑治さんは那間裕子女史を睨むのでありました。ほんの軽口の心算でものしただけ、と云う那間裕子女史の思いと、この頑治さんの睨みの強さの不釣合いにまごまごしてか、那間裕子女史はまるで土師尾常務のように眼球を微揺動させるのでありました。
「ええと、袁満さんは敢えて労働争議に持って行く気は、実はないのですね?」
 均目さんが話しを整理するような口調で云うのでありました。
「争議を長く続けていく自信がない、と云うところかな」
「唐目君は自分だけで争議をしていく気はないんだよね?」
「繰り返すけど、入社間もない、この中の誰より新参者の俺が、一人でそんなに尖がる謂れはないよ。そんなに身の程知らずの独善家ではない心算だし」
「と云う事は、誰も労働争議を引き受ける人間はこの中にはいないと云うことになる」
 均目さんは袁満さんと頑治さんを交互に見るのでありました。
「何か、これで結論が出たみたいね」
 那間裕子女史がカップに残ったコーヒーをグイと飲み干すのでありました。
「どうにかして土師尾常務に、一泡吹かせてやりたい気持ちはあるんですけどね」
 これは云ってみれば袁満さんの、敗色濃厚者の無念の科白みたいなものでありますか。これを聞いて頑治さんは、これで一先ず労働争議と云う目はなくなったと思うのでありました。そうしてまた、秘かにホッとしている自分がそこに居るのでありました。

 那間裕子女史がお代わりのコーヒーを注文したいのか辺りを見回すのでありましたが、生憎近くにウェイターの姿はないのでありました。那間裕子女史は小さな舌打ちをしてコーヒーのお代わりを諦めて、それから袁満さんの顔を見るのでありました。
「それじゃあ明日にでも、皆で一緒に辞表を出す?」
「その方が手っ取り速い」
 袁満さんではなく均目さんが第一番に賛意を示すのでありました。
「皆がそう云う心算なら、俺も明日辞表を出すかな」
 袁満さんも会社を辞める事に、もう迷いはないようでありました。先程の全体会議の様子から、会社を見限る決心がここでどうやらついたようであります。
「唐目君はどうする?」
 均目さんが頑治さんを上目で窺うのでありました。
「皆がそう云う意志なら、勿論俺も同調するよ」
 頑治さんも無表情で頷くのでありました。
「あたしは一緒に会社を辞めると云った覚えはないわよ」
 甲斐計子女史が不愉快そうな声で異を唱えるのでありました。
「ああ、甲斐さんは会社に残るんだよね。それは構わないよ。こう云うのは組合とは無関係で、全く以って個人の意志だから。俺達に一緒に辞めろと云う権利もないし」
 均目さんが取り成すように云うのでありました。
(続)
nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 13

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。