SSブログ

あなたのとりこ 645 [あなたのとりこ 22 創作]

 はっきり不愉快なものは不愉快だと表さない頑治さんの抑制的な云い草に、ある種の偽善の匂いか、或いは自分に対する揶揄を感じたのでありましょう。まあその辺は頑治さんも判るのでありましたが、しかしそれは決して狙って女史の気持ちを弄ぼうとしている訳ではないのでありました。頑治さんとしてはあくまでも礼儀の心算でありました。
「しかし闘争が長期化したら、一人去り二人去りして、結局その争議団に残って最後まで活動出来るのは、自分と袁満さんだけと云う事になりそうですね」
 頑治さんはそう云う見通しを述べるのでありました。
「まあ、そうなるかな」
 袁満さんはげんなり顔をするのでありました。
 均目さんが先ず頑治さんの顔を見て、目が一瞬合った後にばつが悪そうに視線を逸らすのでありました。那間裕子女史は頑治さんにも袁満さんにも目を向けず無言で下を向いているのでありました。甲斐計子女史はと云えば、口を尖らせて不機嫌そうにソッポを向いている儘なのでありました。この三人の反応からすると、つまり頑治さんの見通しが当たる公算なんと云うものは、かなり大だと云う事でありましょうか。
「袁満さんは本当に、この争議に生一本に打ち込む覚悟があるんでしょうね?」
 頑治さんは袁満さんに真顔を向けるのでありました。
「いやまあ、唐目君がやるのなら、俺も付き合うよ」
「付き合う?」
 頑治さんは袁満さんの言を疑問形で反復して見せるのでありました。
「それは、自分を闘争の主役ではなくて、脇役として位置付けると云う事?」
 これは那間裕子女史が云うのでありました。袁満さんの云い草に何だか潔くないところを見て取って、思わず気になって頑治さんよりも先に口を開いたのでありましょう。自分に直接関係のない事でも、いや寧ろ無関係な事であるからこそ、竟押っ取り刀で横から口出さずにはいられないと云うのは、那間裕子女史の性格でもありましたか。
「いやまあ、そう云う訳じゃないですけど。・・・」
 袁満さんは首を横に振るような、振らないような曖昧な仕草をするのでありました。
「袁満君が組合の委員長なんだから、そう云うのは無責任に聞こえるわね」
 那間裕子女史は尚も追及の言を吐くのでありました。それから頑治さんの方に、この自分の追及に同調しろと云うような目を向けてくるのでありました。頑治さんはその目に対して同調どころか、返って不快そうな視線を返すのでありました。この頑治さんの目容に那間裕子女史は少したじろぎを見せるのでありました。
「まあ、会社を早々に辞める心算でいて、闘争に積極的でもないあたしが、袁満君の云い草に潔くないとか云って噛み付くのは、ちょっとお門違いかも知れないけど」
 那間裕子女史は頑治さんの目からそわそわと視線を外しながら云うのでありました。
「俺は、社員の事なんか屁とも思ってはいないし、要するに自分の得になる事にしか興味がない土師尾常務に、一泡吹かせてやりたいと云うのはずっとありますよ。それに聞いたような説教を厚顔無恥に、滔々と垂れるインチキ坊主振りにも反吐が出ますしね」
(続)
nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 11

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。