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あなたのとりこ 642 [あなたのとりこ 22 創作]

 均目さんがしれっと云うのでありました。これくらい応えたところを見せてくれないと恫喝した張り合いがないと云うものでありますか。
「若し事が大袈裟になるようなら、私としても弁護士と対策を練る必要がある」
 ここは恐らく、社長としても対抗上、弁護士、と云う存在を出して、この職能人の頼りになるべき助っ人効果を狙って云ったのでありましょう。
「弁護士なら全総連にもいますよ」
 袁満さんが意にも介さないと云った余裕の語調で云い返すのでありました。「しかも労働問題専門の手練れの弁護士ですし、バックには怖い政党も付いているし」
「ほう、そう云うのなら法的な推移になる事も厭わないのだね?」
「そうなったら思う壺ですよ。こちらとしても存分に戦えます」
 袁満さんは売り言葉に買い言葉でそう見栄を切るのでありましたが、これは虚勢でありましょう。本音としては、そんな大それた面倒臭い事態になるのは袁満さんとしてはまっぴらご免な筈であります。袁満さんはその名前の通り、万事に付け角のない円満なるところを好む御仁であり、闘争的な境地とは凡そ縁遠い人物でありますから。
「本気で社長や僕と戦う覚悟があるんだな、袁満君は?」
 土師尾常務も袁満さんの人柄は承知しているので、見縊るような薄ら笑いを頬に湛えて挑発するように念押しするのでありました。
「こうなったら仕方ありませんからね」
 袁満さんもここに及んだからには、引くに引けないのでありました。
 土師尾常務はそんな袁満さんの何時にない強情とむやみな棄て身を見て、怯んで少々持て余すように眼鏡の奥の眼球を微揺動させるのでありました。
 袁満さんがここで急に立ち上がるのでありました。この袁満さんの唐突な行動に土師尾常務は何を思ったか急いでソファーの背凭れに身を引いて、防御のためか両前腕を顔の前に盾のように翳すのでありました。内心袁満さんの初めて見せる開き直りに恐々としていたために、この小心者は体面も気にせず殴られると勘違いしたのでありましょう。
「ぼ、暴力は止してくれ!」
 声の裏返った土師尾常務のこの怯えの言葉を聞いて、袁満さんのほうがキョトンとするのでありました。その後に、この頓珍漢な反応に憫笑を返すのでありました。
「そんなんじゃありませんよ」
 袁満さんは呆れたように、且つ勝ち誇ったように云うのでありました。「もう話し合いはこれで打ち切りましょう」
 袁満さんは土師尾常務から目を離して社長の方を見るのでありました。
「未だ話しは済んでいないじゃないか」
「これ以上、何を話す事があるのですか?」
「ここで打ち切ると云う事は、もう決定的に決裂すると云う事だよ」
 社長はこの期に及んで未だ話し合いに拘るのでありました。
「決裂で結構です。あとは全総連と協議して今後の対応を取ります」
(続)
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