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あなたのとりこ 641 [あなたのとりこ 22 創作]

「もうこうなったら、労働争議しかありませんね」
 袁満さんは土師尾常務に天敵を見るような目を向けるのでありました。「全総連に事情を話して、従業員側に酌むべきところがあって、社長や土師尾常務の考えが非道であると判断されたなったら、もうこちらとしては徹底抗戦するしかありません」
「徹底抗戦と云うのは、つまりどう云う事なんだね?」
 社長がほんの少し不安になってたじろぎを見せるのでありました。
「それはこれからの事ですから、今こちらの手の内を明かすことはしませんよ」
 袁満さんは社長のこの不安に付け込むように云うのでありました。
「まあ、一般的には都労委に持ち込んで贈答社の争議を公然化するだとか、全総連の争議専門の委員会に依頼して、我々の要求が貫徹される迄色んな手段で世間に訴えるだとか、ひょっとしたら全総連とつながりのある政党に出て来て貰うとか、全総連には出来得るあらゆる支援をして貰います。全総連は先ず間違いなく我々のために動いてくれます」
 均目さんが続くのでありますが、これも特に確証はないながらの脅し文句と云うものでありますか。ひょっとしたら問題を持ち込んでみても全総連は鈍い反応しか示してくれないかも知れませんし、もっと穏健な調停を勧められるかも知れませんし。
 それに第一、均目さんは全総連のバックに控えている政党が嫌いなんじゃなかったでしたっけ。その嫌いな政党の全面支援を、いくら社長を怯えさせるためとは云え、ここで如何にも頼みになる後ろ盾たるものとして仄めかすと云うのは、何やら調子の良いご都合主義と云うものではないかと頑治さんは思うのでありました。
「若し争議と云う事になれば当事者の一方である社長や土師尾さんの名前が世間に出て、あっという間に広まる事になるわね。一躍有名人になれますよ、この界隈では」
 那間裕子女史も冗談口調ながら一種の恫喝をしかけるのでありました。事もあろうに労働者を虐げる悪辣な当事者として世間に名を広めて仕舞うのは、社長や土師尾常務にしたら何とも痛恨事であろうと云う目論見からでありますか。
 特に土師尾常務は人に慈悲を説く宗教者の端くれとして、これは慎に恥ずべき一大事でありましょうし、一気に面目丸つぶれどころか、宗教者としての顔を向後永遠に喪失して仕舞うかも知れないのであります。まあ少なくとも土師尾常務が、何に付けても相当の小心者であるなら、そう云う風に大袈裟に考えて屹度取り乱すでありましょう。
 しかし見たところ、那間裕子女史が読んだ程土師尾常務はおろおろしてはいないのでありました。どちらかと云うと全然そう云うところに無頓着そうな顔をしているのでありますが、これはどうやら大胆者だからと云う訳ではなく、恐らく鈍感さから、事の重大さを推し量れないでぼんやりしているのでありましょうか。那間裕子女史としては当初の恫喝の効果が上手く上げられなかったようで、がっかりと云うところでありますか。
「君達は私を脅している心算かね?」
 社長の方は均目さんと那間裕子女史の脅しが少しは利いているらしく、眉間に皺を寄せて苦ったような顔をして見せるのでありました。
「いや、そんな心算は毛程もないですよ」
(続)
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